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たった1シーズンだけの1000ccV4エンジン採用…ヤマハが伝統の直4を捨ててまで狙うものと「まだ始まったばかり」の開発の行方
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遠藤智Satoshi Endo
photograph bySatoshi Endo
posted2025/11/22 17:00
バレンシアでV4エ搭載マシンでのテスト周回を重ねたクアルタラロ
現行ルールの中で作られるV4は、新設計と言ってもこれまでの直4のシリンダーヘッドまわりの構造(バルブなど)を流用できるが、850ccはシリンダーのボアの最大径が1000ccの81mmから75mmに変更される。そのため、850ccはシリンダーヘッド周りを新設計にしなければならず、ヤマハは現行1000ccと来季から投入する850ccのふたつの新しいプロジェクトを同時進行しなければならない。
ふたつのプロジェクトを同時進行させるという点は他メーカーも同じだが、以前からV4を採用しているドゥカティ、アプリリア、KTM、ホンダは、すでに開発の主力を27年型850ccに移行しており、相当な馬力を引きだしたメーカーもあると言われている。
結果だけを求めるのなら、ヤマハは現行の直4で最後の1年を戦いつつV4の開発を続けるという選択肢もあったと思う。しかし、21年にタイトルを獲得して以降、ヤマハは勝てないレースが続き、クアルタラロはフラストレーションをためている。そのクアルタラロとの契約が26年で切れることもあり、彼を引き留めるためにもニューエンジン投入が必要だったのだろうと推測できる。
V4の出来が勢力図を塗り替える
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今季クアルタラロは5回のPPを含む10回のフロントローを獲得したが、スプリントでメダルを獲得したのは2レース、決勝レースで表彰台に立ったのはわずか1回にすぎない。予選ではヤマハの持ち味であるハンドリングの良さを最大限生かせても、決勝レースでは加速で負け、抜かれると抜き返せないという厳しい戦いとなっている。
ヤマハのこの数年の苦戦は、現在のMotoGPクラスの現状を如実に反映している。エアロパーツの進化はV4の速さをさらに引き出し、直4の乗りやすさとハンドリングの良さを完全に上回った。V4はコンパクトなこともあり、車体設計の自由度と空力性能にも寄与する。そうした戦いの中に加わっていくためにも、ヤマハはV4の採用に踏み切ることになったのだろうと思うのだ。
あるエンジニアに「ヤマハは2ストローク時代にV4の500ccで戦い、素晴らしい結果を残している。そうした技術の積み重ねは4ストロークV4に生きないのか?」と聞くと、まったく違うものだと言われた。今回のV4の採用はヤマハにとってはまさにニューチャレンジであり、これからの結果が注目されることになりそうだ。
可もなく不可もなし、という初テストを終え、ヤマハは850cc時代に向けてどんな可能性を示してくれるのか。来季は多くのライダーが契約更改の時期を迎える。ヤマハのニューマシンの結果次第では、MotoGPクラスの勢力図に大きな変化が起きるかもしれない。

