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膝擦り、足だし、肘擦り、肩擦り…ライディングの常識を塗り替えた「キング・ケニー」に始まるグランプリの革命児の系譜
posted2025/01/28 17:00
text by
遠藤智Satoshi Endo
photograph by
Getty images
ロードレース世界選手権が始まって77年目を迎える。この間、多くの世界チャンピオンが誕生し、その名を歴史に刻んだ。中でも飛び抜けた記録を持つライダーとしては、1960年代、70年代に大活躍し、史上最多優勝、最多タイトル獲得記録を持つジャコモ・アゴスチーニを筆頭に、00年代にアゴスチーニに迫る数々の大記録を打ち立てたバレンティーノ・ロッシ、史上最年少記録やシーズン最多優勝記録を更新し、現在も現役で活躍するマルク・マルケスらがいる。
とりわけロッシとマルケスに共通しているのは、そうした記録だけではなく後世に引き継がれるライディング革命を起こしたこと。そして、ライディング革命という点で忘れられないのは、1970年代から80年代にかけてグランプリ界に旋風を巻き起こしたアメリカ人のケニー・ロバーツだ。
ロバーツを語る前に、彼が登場する以前のレースの状況を説明する必要がある。
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ライディングの変遷には、バイクはもちろんのことレーシングスーツやヘルメットなどの装備、さらにサーキットの安全性などレースを取り巻く環境が大きく様変わりしてきたことも大きく関係する。僕がグランプリを転戦するようになった35年の間にもさまざまな分野で技術革新があった。
その中でもっとも大きな変化といえるのは、ミシュランが最初に開発したスリックタイヤの登場ではないだろうか。スリックタイヤ以前のタイヤは溝付きで、ドライでもウエットでもほぼ同じタイヤでレースをしており、勝敗を左右するのはエンジンパワーにほかならなかった。溝がなくグリップ力が格段に高いスリックタイヤは1970年代に初めてF1で登場。続いて2輪グランプリにも投入され、それに伴いスピード域も高くなった。
グランプリ史上最大の革命児
70年代以降はドライコンディションではスリックタイヤが主流となり、それにつれてホイールも変化。リム&スポークタイプからダイキャスト製となり、タイヤはチューブレスに。サイズも幅広くなり、エンジンの速さだけではなく、コーナーリングスピードを競う時代に突入していく。そんな時代にライディングに革命を起こしたのがケニー・ロバーツ(78~80年の500ccチャンピオン)だった。
コーナーではシートから腰をずらし、マシンを傾ける側の膝を路面に擦って走る。それまではシートに座った状態でコーナーリングしていたが、コーナーに入るときに下半身をスパッと移動させる。切り返しの多いコーナーではスパスパッという感じで身体を移動させる「ハングオフ」というライディングをロバーツがグランプリに浸透させ、そのライディングはまたたくまにスタンダードとなる。ヨーロッパ勢中心だったレース界にアメリカンが大旋風を巻き起こし、圧倒的な強さを発揮したロバーツは「キング・ケニー」と呼ばれるようになった(なお、ロバーツが編み出した走りはマシンからぶら下がるという意味で「ハングオフ」が正しい。だが、いつからなのか、日本では「ハングオン」という名称が一般的になっている)。