話が終わったらボールを蹴ろうBACK NUMBER
湯が出ないシャワー、着替えは屋外「これはプロといえるのか」稲本潤一、引退前の6年間…「今後の指導者人生のために凄く良かった」
text by

佐藤俊Shun Sato
photograph byAsami Enomoto
posted2025/02/14 11:03
川崎フロンターレの育成コーチに就任した稲本。引退後初めてにして唯一のインタビューに応じてくれた
引退で感傷的になることもなかった
「ここ数年は毎年、やめるかどうかみたいな話をしていたので、夏ごろに『やめる』という話をした時も、そんなに驚くような感じじゃなかった。(関東サッカーリーグという)このカテゴリーで、試合に対して自分の存在の影響力が明らかになくなってきていたんで、もうええかなと。二人で食事した際、『お疲れさま』という言葉をもらいましたし、子どもたちからは引退会見の後、ケーキをもらいました。
J1で試合に出ていて、いざ引退となれば、多少ウルウルした気持ちになったかもしれないけど、このカテゴリーで試合にもほとんど出ていなかったんで、そこで感傷的になることもなかった。気持ち良く、スッキリやめられました」
稲本は清々しい表情で、そう言った。
キャリア後半で受けた衝撃
ADVERTISEMENT
今振り返れば、どのチームで過ごした時間が自分自身のサッカー人生に影響を与えたのだろうか。
「相模原と南葛での6年間がすごかったなぁと思います」
すごかったというのは、どういう意味なのだろうか。
「自分のプロサッカー選手としての価値を問われるというか、どう振舞っていけばいいのか。これが果たしてプロと言えるのか、自問自答しながらやっていた6年間だった」
コンサドーレ札幌からJ3のSC相模原に移籍したのは2019年。それから3年間プレーし、2022年に南葛SCに移籍した。当時の相模原は練習場を転々として、クラブハウスもなかった。南葛でも、公園内の人工芝コートで練習し、その場で着替えて帰宅するような日々だった。

