Jをめぐる冒険BACK NUMBER
「ムムッ!いいんです!」は兄ジョン・カビラの口癖だった? 川平慈英(60歳)がニュースステーション大抜擢の真相を語る「実は最初、断ったんですよ」
posted2022/09/23 11:06
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph by
Kiichi Matsumoto
主演は真田広之で、ヒロインが南果歩。脇を固めるのは若き日の堤真一、伊原剛志、そして、川平慈英――。
1986年に上演された坂東玉三郎演出の舞台『ロミオとジュリエット』のキャストである。
「僕はティボルトの役をいただいて。今振り返ると、なかなかの顔ぶれでしょ。翌年の再演では、僕がロミオをやらせていただいたんです。ジュリエットは中嶋朋子ちゃん。これもヒットしました」
上智大学在学中に演劇の世界に飛び込んだ川平は、86年に坂上忍主演のスーパーロックミュージカル『MONKEY』でデビューを飾る。
その後、前述の『ロミオとジュリエット』、88年には世界中で大人気のミュージカル『アニー』に出演し、91年には宮本亜門演出のひとり舞台『ジェームズ・キャグニー』で主演を務め、タップダンスを披露した。
少しずつ、着実に演劇界で実績を積んでいた川平に大きな転機が訪れる。
思いがけず『ニュースステーション』からサッカーキャスター就任の打診を受けるのだ。
Jリーグが開幕した頃「面白いやつがいる」
川平が『ジェームズ・キャグニー』の主演で評価を高めた頃、日本サッカー界は大きな変革期を迎えていた。
92年、日本代表初の外国人監督となるハンス・オフト監督が就任すると、11月には三浦知良やラモス瑠偉らの活躍によって地元開催のアジアカップで初優勝を飾る。さらに、初のプロリーグ開幕を翌年に控え、前哨戦として位置づけられたナビスコカップも盛況に終わった。
93年に入ると、『ニュースステーション』でも5月15日に開幕するJリーグを厚く報じる準備が始められた。
「ある日、舞台のリハーサルの空き時間に、いつものようにリフティングをしていたら、演出家の福田陽一郎さんに『サッカー好きなの?』って聞かれて。『好きなんてもんじゃないですよ』とサッカー愛を語りまくったんです。そうしたら……」
福田は『ニュースステーション』のメインキャスターである久米宏と同じ事務所に所属しており、その事務所が番組の制作も請け負っていた。福田から「サッカーフリークで、面白いやつがいる」と伝え聞いた番組のプロデューサーは、川平の芝居を見にやってきた。
「2週間後、僕の事務所に番組からカメラテストの話が来て、事務所の人間が『とりあえず受けよう』と。それで衣装を着せられ、原稿を渡され、『決まった!』『グーッ、サイコー!』って熱く叫んだの。そうしたら、さらに2週間後、『決まったよ』って。うちの事務所、万々歳ですよ。でも、僕は『ちょっと待って。俺、嫌だよ』って言ったんです」
当時、『ニュースステーション』と言えば視聴率が20%を優に超えるお化けニュース番組である。川平の知名度からすると、大抜擢だった。
しかし、それを断ってしまうのだ。