Jをめぐる冒険BACK NUMBER
今年で60歳・川平慈英サッカー愛を語りまくる怒涛の90分「クーッ!脳内モルヒネが出まくってた」プロを目指したイケイケFW時代
posted2022/09/23 11:05
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph by
Kiichi Matsumoto
1993年のJリーグ開幕やドーハの悲劇をリアルタイムで見ていた世代にとって、兄貴的存在と言える川平慈英が、9月23日に節目の誕生日を迎えた。
還暦、である。
肌つやの良さといい、テンションの高さといい、ノリの良さといい、とても60歳とは思えない。若さの秘訣はもちろんサッカー……ではなく、サウナだという。
「生粋のサウナーなんですよ、僕。毎日入ってます。歯磨きと同じ感覚ですね」
一方、一時期は最大8チームを掛け持ちしていたサッカーはというと……。
「残念ながらこの5年ほど、あまりボールを蹴ってなくて。今年も1回だけかな。5年くらい前、試合中に右の半月板をやっちゃって。右足を軸に左足を振りにいったときにタックルがガツンと来て、すぐに分かった。お医者さんがバキュームを入れて、砕けた半月板を吸い取って。ガーリックフレークみたいでしたね。それ以降、やっぱり怪我が怖くて。毎日のようにゴリゴリやっていたのになあ……」
記憶が蘇ってきたらしく、川平はいかに自分がボールを愛する日々を送ってきたかを熱弁し始めた。
週末は街のフットサルに飛び入り参加!?
「草サッカーチームに2つ、フットサルチームに6つ入っていると、どのチームのユニホームだか分からなくなってくるんです(笑)。僕が50代半ばになると、ジョン(長兄のジョン・カビラ/フリーキャスター)のチームとか、みんなおじいちゃんになっちゃって、試合を組まなくなってきて。でも、僕は蹴りたいから、ウイークエンドは夕方くらいに電車に乗って『フロンタウンさぎぬま』に行くんですよ」
そこにはフットサルコートが6面あり、いろいろな世代が思い思いにボールを蹴っている。
「その中からビギナーでもなく、ゴリゴリの若いやつらでもない、ちょうどいい感じに楽しんでいるコートを見つけて。そのゴール裏で『ナイスゴール!』『ナイスシュー!』って叫ぶんです。すると、『エエッ⁉︎ 川平さん?』って。そこで、『僕、時間を間違えちゃって、みんな帰っちゃったんですよ』と言うと、『良かったら一緒にやりませんか』って。そんなことばかりやってた。嫌らしいでしょ(笑)」
若い頃はミュージカルや芝居の稽古場にもボールを持ち込み、暇さえあればリフティングに興じていたという。そんな大好きなサッカーとの出会いは9歳のとき。場所は生まれ故郷の沖縄ではなく、アメリカだった。