「オリンピックが特別だって言うけど、私にとってはたかが1大会。別にそれが人生のすべてじゃないでしょ。普通の2週間なのに、そこに出るのが叶わなかっただけで、終わった、負けた、って思うわけ？　一生懸命やってきたけど、選ばれなかっただけ。私はそれで健太郎がダメだなんてひとつも思わないし、成長しているのにもったいないよ。

　このまま辞めたら、絶対に後悔して、文句を言う姿が目に浮かぶ。本当にこのまま何も残らなかったって思うだけでいいの？　もしも自分が出られたかも、と思う気持ちがあるなら、ここで辞めたら、何年経っても自分を責めるだけじゃないの？」

　ストレートすぎる妻の正論が胸に刺さった。

　健太郎は妻の言葉で「このままでは負けて終わりだ」と我に返った。「辞める」のを「辞める」と決めた健太郎から、後にそう聞いた。

　伊織さんには、背中を押すにはこれ以上ないタイミングと言葉であると確信があった。

「いつか、この人は絶対に立ち上がる。ここから立ち上がって、もう一回バレーボールで活躍するだろうなと思ったから、その時に誰かに話すことができたら、きっと意味がある。そう思って、健太郎とのやり取りや行動をスマホのメモに残していたんです」

　失意の日から3年が過ぎた今、テレビの向こうから見るのではなく、ユニフォームを着た日本代表選手としてパリ五輪のコートに立った。

（後編に続く）

#6に続く

「娘の結婚式を想像して、もう泣いてます」男子バレー高橋健太郎を支えた家族が願う“金メダル”よりも最高の結末「つらい時を見てきたので…」