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「健太郎、絶対まだバレーボールやりたいじゃん」“何も言わない”と決めた妻が夫・高橋健太郎の引退を止めた理由〈失意の東京五輪から3年〉 

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田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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posted2024/07/31 11:03

「健太郎、絶対まだバレーボールやりたいじゃん」“何も言わない”と決めた妻が夫・高橋健太郎の引退を止めた理由〈失意の東京五輪から3年〉<Number Web> photograph by Volleyball World

東京五輪の落選から3年、夢の舞台にたどり着いた高橋健太郎(29歳)

 2021年6月21日。東京五輪に出場する12名のメンバーが発表された。

 その中に高橋健太郎の名前はない。伊織さんのもとには、公式発表の前にイタリアでネーションズリーグに出場していた健太郎から「ダメだった」と連絡が入っていた。

「その前から『たぶん俺ダメだ』と聞いていたので、ネガティブな感情でそう言っているのか、本当に決まったことなのかわからなかったんです。でも『決まったことで、さっき言われたから』って。なんて言葉をかけたらいいかわからなかった時、彼は最初に『ごめんな』って」

 当時はコロナ禍で、帰国後は隔離期間が設けられていた。自宅に戻ったのは大会を終えて2週間を経てから。失意の健太郎は「もうバレーボールは辞める」と宣言した。辞めるなら辞めてもいい。そう思っていた、と伊織さんが振り返る。

「私、バレーのことに関しては何も言わないんです。結婚してすぐの頃は、アスリートを支える奥さん像みたいなものがあったので、もっといろいろ口を出したりしたほうがいいのかな、と思って実践してみたこともありました。でも違うな、と。

 もともと健太郎は家でもバレーの話をするけれど、それに対して私の意見を求めるわけではない。最初は彼の言うことに対して質問したりしていたんですけど、彼が頭の中で整理しきれないことをアウトプットしているだけのことであって、聞き返さないでほしいと言われて。だから東京オリンピックの時も同じで、『辞める』と言うなら、それでいいと思いながら聞いていました」

 ただし、背中の押しどころはある。そして、その時が訪れた。

“ルール”を破ってまで、妻が伝えたこと

 2021年7月28日。

 その夜は19時40分から東京五輪・男子1次リーグ、日本対イタリア戦が組まれていた。リアルタイムで放送される試合を健太郎は「今は見られる気分じゃない」と録画予約していた。だが、試合時間が近づけばやはり気になり、結局リアルタイムで視聴する。

 そして、最後までポジションを争ったミドルブロッカーの李博が活躍する姿に「あの人の速さでリズムが変わった。やっぱり李さんすごいわ」と賞賛を送っていた。と同時に、無意識に何度もつぶやいた言葉を伊織さんは聞き逃さなかった。

「『やっぱり出たかったな。悔しいな』って。私は、本当に辞めるならもう辞めたらいいと思っていたんです。でも、そんな風に応援したり、李さんやっぱりすごいなと褒めたり、出たかったなと言っている姿を見たら、『健太郎、絶対にまだバレーボールやりたいじゃん』って。しかも、ポジションを争った人のことをそんな風に褒められる人は、絶対にうまくなるよ、って思ったからこう伝えたんです」 

 バレーボールに関しては口出ししない。決めたルールを、この時だけは自ら破った。

【次ページ】 胸に突き刺さった妻のド正論

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