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「健太郎、絶対まだバレーボールやりたいじゃん」“何も言わない”と決めた妻が夫・高橋健太郎の引退を止めた理由〈失意の東京五輪から3年〉
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byVolleyball World
posted2024/07/31 11:03
東京五輪の落選から3年、夢の舞台にたどり着いた高橋健太郎(29歳)
それでも健太郎は何度も連絡してきた。その熱心さに押され、食事に行くと楽しく、悪い人ではないことはすぐにわかった。そこから連絡や会う回数が増え、3年の交際を経て結婚に至るのだが、ずいぶん後になってから、友人との会話で実は最初の出会いよりも前に2人が大学内ですれ違っていたことに気づいた。
「友達と学内を車で移動していたら、体育館の近くを上下ユニフォーム姿で、ヘッドフォンをかけてタオルを振り回しながら大声で歌いながら歩いていた人がいたんです。その時に『あんな風に人目も気にせず、自分を貫ける人が世界で戦うアスリートになるんだろうね』と話していたんですよ。結婚が決まったことを報告したら、その時の友達から『あの時の人だよね』って。その時はまさか結婚するとは思わなかったので、自分でも驚きました」
「東京オリンピックに出ることが目標」
新婚生活がスタートしたとはいえ、当時は東京五輪の前年。健太郎はバレーボールを始めた時から「東京オリンピックに出ることが目標」と言い続けただけでなく、人生のすべてと言わんばかりの決意で臨んでいた。
夢に向かって必死で努力する。アスリートならばきっと、その苦しさも越えなければならない壁であり責務と捉えるのかもしれないが、傍にいる家族には、またその見え方が違う。伊織さんには、東京五輪へ向かって一喜一憂する健太郎の姿が、いつも「しんどそう」に見えていたと回顧する。
「自分が行きたい、出たいの前に『出られなかったら期待してくれている人がガッカリするから期待に応えたい』と思って頑張っていたんです。だから1つのプレー、1つのミスで『もうダメだ』『(当時日本代表コーチだったフィリップ・)ブランは俺を見限ったかもしれない』とすごく落ち込む。そこで『今日のプレーよかったから大丈夫だよ』と言っても、彼の中でいいプレーだと思っていなければ喜べない。
正直に言えば、私はオリンピックに出られたとしても、出られなくても、どちらでもいいと思っていたんです。でも大事な家族として、健太郎のオリンピック出場という夢、願いが叶ってほしいと心から思っていた。だから、しんどそうな姿をずっと見ていることのほうがつらかったです」