“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
「家にいたくない衝動で夜の街に…」伸び悩んだ天才パサーがお酒に逃げた理由を明かす…ガンバを背負うはずだった市丸瑞希の“心が折れた瞬間”
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byJ.LEAGUE
posted2024/03/12 17:01
堂安律らと共にガンバ大阪の将来を背負う一人として期待されていた市丸瑞希(2016年)
街の居酒屋やバーに繰り出せば、「今日も来てくれてありがとう」と感謝され、自分が肯定されている気分になれた。しかし、心が満たされるのはほんの一瞬のこと。
「酔っ払って家に帰って、そのまま着替えもせずに寝てしまうこともあった。練習に行く際に、『なんで昨日の夜、出かけてしまったんやろ。何やっているんやろ』と自己嫌悪に陥る。でも、その日の夜には出かけてしまっている自分がいました」
「心が折れた」「もう頑張らんとこ」
岐阜での出場は14試合。チームはJ3降格も味わった。翌20年にはガンバ大阪に復帰をするも、トップでの出場機会はなく、気づけばU-23チームでも最年長選手になった。市丸は、再び環境を変えた。同年夏に当時J2のFC琉球にレンタルで加入した。
「琉球の攻撃サッカーは自分にあっていた」と言う通り、コンスタントに出場機会を得て、J1復帰への足掛かりをつくった。しかし、シーズンオフに保有元のガンバ大阪から0円提示を受けた。期待されたような、インパクトある活躍ができていなかったのだろう。他のクラブへの移籍も画策したが正式なオファーは届かなかった。
琉球に完全移籍し、もう1年沖縄で過ごすことが決まった。世間はコロナ禍。外出する機会は減り、市丸にとってサッカーに集中する環境がそろったはずだった。だが、2021年の開幕戦出場は1分とアディショナルタイムのみ。その後もやってくるのは残り数分での出番だけで、7戦目からまたベンチを外れる機会が増えていった。
「ベンチ外を言い渡された瞬間、心が折れた音が聞こえた気がしました。『あ、頑張っても無理や。じゃあ、もう頑張らんとこ』と。練習中も一切声を出さなかったし、今思うと覇気がなくなっていたと思う。あの年は努力を一切していなかった」