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〈箱根駅伝の事件簿〉沿道の母から「もういいからやめなさい!」、「前日初めてTVで箱根を見た」コース間違いに「山の神」…歴史のウラ話
text by
NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byShigeki Yamamoto
posted2023/12/31 17:02
「山の神」として一躍有名になった東洋大時代の柏原竜二
第87回の箱根駅伝は超熾烈なシード権争いが繰り広げられていた。最終10区、8位集団に4人が並走し、1校だけが来年のシード権を逃すという状況が最後の最後まで続いた。ラスト200メートルを切って真っ先にスパートをかけたのが、國學院大の寺田だった。
しかし……。
先導する白バイとテレビ中継車は、ゴールテープのある方向から外れて右折する。それにつられるように寺田は交差点を右折してコースを外れかかってしまったのだ。
1秒を争う大事な場面での決定的なロス。コース間違いでのシード権喪失かと中継を見守ったファン誰もが驚いたが……足を残していた寺田は再びスパートをかけて、10位に入って何とか同校初のシード権を確保した。この出来事から「寺田交差点」という通称がつくことになった。
10区を走ることになって、慌てて次の日にコースの試走に
この出来事には、実は伏線がある。寺田自身、区間エントリー時点で補欠に名を連ねていたものの、実は1年生から箱根ランナーとして自らがその舞台に立つとは考えていなかったようだ。前田康弘監督から呼び出されて抜擢されることを知ったのは、なんと大みそかの夕方だった。
「それで10区を走ることになって、慌てて次の日にコースの試走に向かったんです」
元日に試し走りをしたものの、その2日後にまさかの展開が待っていたのだ。2023年夏、寺田は三重県にある皇學館大学の駅伝競走部の監督に就任した。全国に門戸が開かれた予選会に出場し、結果は35位と関東勢との差を見せつけられる形となった。
「将来につながるトレーニングだったと僕は思っています。何より、ゴールしたときの充実した顔を見たら、やっぱり予選会に参加して本当によかったなと思いましたね」
それでも寺田監督は、箱根駅伝を目指すことの価値を前向きに語っていたのだ。