その間に広陵は7回、野村が自らのバットで待望の追加点をたたき出し、4-0とリードを広げた。

　佐賀北の「がばい旋風」もここまでか。そう感じた人が多かったのではないだろうか。

　ぼくは「広陵が初優勝」「佐賀北も堂々の準優勝」という紙面を想定して取材メンバーと打ち合わせを始めた。「はま風」の担当記者は両にらみで、一塁側と三塁側のアルプス席を3イニングずつ取材していたが、この時点で3塁側の佐賀北・水田に張り付くように電話連絡した。

「あの球を要求したことが悔しい」小林誠司の心残り

　そして、8回裏を迎えた。

　7回を終えた時点で、広陵・野村の投球数は101球。2回以降は走者を1人しか出していないこともあり、それほど増えてはいなかった。

　ただ、佐賀北からすれば、100球は投げさせた。

　佐賀北の百崎敏克監督はこの回、「久保に代打を送ることを考えた」と語っている。2回からロングリリーフを続ける久保だが、打席ではここまで2三振。代打を送って、9回のマウンドには副島を送ることを検討したのだ。ただ、副島は地方大会を通じて一度も登板していない。広陵の強力打線を抑えられるだろうか。

　結果的に代打は送らず、久保はそのまま右打席に入った。

　8回裏、1死走者なし。久保は初球、球速105キロのカーブを見送った。ボール。2球目はさらに遅い98キロのスローカーブだった。その緩い変化球をひっかけ気味に打ち返す。会心の当たりではなかったが、三遊間の真ん中を抜けた。

　久保にとっては、この大会15打席目で打った最初で最後の安打となった。

　広陵の捕手、小林誠司はこの配球が一番の心残りになっているという。

野村祐輔とバッテリーを組んだ広陵・小林誠司　©Hideki Sugiyama

「あの球を要求したことが悔しい。自分のスキというか、優勝できるっていう、ほころびというか……」と、のちに同僚の取材に答えている。

　強打で選抜大会を制した常葉菊川と対戦した準決勝では有効なボールだった。しかし、あの場面で使うべきだったかどうか。

　この段階で、広陵・野村の投球数は110球になった。代打を送られたかもしれない久保がそのまま打席に立ち、スローカーブを打って今大会初安打を放って一塁に生きた。

　わずかだが、風向きは変わり始めていた。もちろん、その先に信じられないようなドラマが待っているとは、まだ想像している人は少なかっただろう。

＜後編に続く＞

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