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「教えるとか、まったくありません」大谷翔平を支えたコーチが目撃した“凄まじさ”…当事者の証言「勝手に上達して、勝手に成長していました」
text by
城石憲之Shiroishi Noriyuki
photograph byJIJI PRESS
posted2023/08/24 11:03
日本ハム時代の大谷翔平。コーチとして、城石憲之はどのような思いで二刀流を見守ったのか?
栗山監督、大谷翔平と戦った2016年
二軍バッティングコーチを1年経験したあと、翌年は一軍のバッティングコーチに役割が変わりました。この配置変更も本当に意外でした。二軍のバッティングコーチであれば、練習に付き合うというスタンスでもいいと思いますが、一軍ではそうはいかないのではないか、どうしてバッティングコーチなんだろうと。
一軍のバッティングコーチは、かなり責任重大です。シーズンのチーム打率に責任を負い、成績が悪いと解任されたりするケースをよく見てきました。
でも、二軍で1年間やってきた僕のやり方を見た上で、そういう配置変更になったわけですから、僕が悩むようなことではありません。基本的なそれまでと変わらないスタンスでやっていこうと思いました。
来たる2016年シーズン、ファイターズに所属していた大谷翔平は4年目を迎えていました。栗山監督にとっても球団にとっても、非常に重要な年になるのは間違いありません。今考えると、そういう時期だからこそ、僕のようなタイプのコーチが一人必要と、球団は考えたのかもしれません。
実際にシーズンが始まると、選手とのコミュニケーションを密にする以上の仕事を自分で考えなければいけないと、考えるようになりました。
ファイターズで日本一
その結果として、「攻撃担当ベンチコーチ」的な働きをするようになりました。もちろん代打の準備をするのはバッティングコーチの役目ですが、それを発展させて代走や守備固めを含む控え野手全体とコミュニケーションを取りながら、出場の準備をさせて、監督に伝えるという仕事です。
もちろん勝手にやったわけではありません。栗山監督は普段からミーティングで担当の垣根を越えてアイデアを募ったり、意見交換をしたりしますので、そうした中でできてきたのが、僕のベンチコーチ的な役目でした。
一軍打撃コーチの1年目は、栗山監督5年目となる2016年です。この年、ファイターズは4年ぶりのリーグ優勝を成し遂げました。
バッティングコーチですから、チーム打率やチーム本塁打数が増えたことも嬉しかったですが、それは選手たちが頑張った結果です。僕にとっては、一軍のベンチで栗山監督と一緒に戦い、勝てたことが何よりの喜びでした。
クライマックスシリーズ・ファイナルは、最後まで優勝を争った福岡ソフトバンクホークスとの決戦になりました。
日本シリーズ進出を決めた第5戦、最終回のマウンドに上がったのが翔平でした。その試合はDHで出場していましたが、それを解除して「クローザー」として登板。今思えば、WBC2023の下敷きになっていたのかもしれません。
日本シリーズは広島東洋カープを4勝2敗で破り、10年ぶりの日本一に輝きました。