当日も確定情報はなし…のまま

　ボールパーク建設地問題は決定前日になっても確定情報がなかった。メディアには様々な憶測が乱れ飛んでいた。自治体を挙げて協力態勢を示してきた北広島になるだろうという先行報道もあれば、真駒内公園という候補地を挙げた以上は200万人都市の札幌に落ち着くはずだという見方もあった。どちらかと言えば、内心では札幌だと考えている人間の方が多いように感じられた。事実、記者が前沢にぶつけてきたのも「真駒内ですよね？」という問いだった。 

　だが、前沢は表情を動かすことなく歩調を緩めることもなく、ゲートの向こうへと消えた。前沢の胸には球団としての結論があるはずだったが、その結論も取締役会次第で却下される可能性があり、不安定な天秤に乗っているに過ぎなかった。確かなことは、東京へ向かう前沢と三谷はかつてないほど口数が少なかったこと。2人がまるで討ち入りをともにする同志のように、まったく同じデザインのカバンを背負っていたことだけだった。高山はその後ろ姿を眺めながら、新聞社にいた頃は味わったことのない種類の緊張を覚えていた。

　高山が新聞記者を辞めたのは2年前のことだった。2016年シーズン、ファイターズの担当記者として日本シリーズ制覇の原稿を書いたのを最後に退社した。ペンを置いた理由はいくつかあった。会社との関係に悩んでいたことも、マンネリに葛藤していたことも事実だ。ただ、一番の要因を挙げろと言われれば、それはファイターズという球団の引力だった。取材対象者として追い続けてきたゼネラルマネージャーの吉村浩や、しがらみを打ち破りながら新スタジアム構想へと突き進む前沢や三谷を見ていると搔き立てられるものがあった。それが具体的に何なのか、言葉にはできなかったが、もし彼らと歩みをともにすれば、人生の半ばを迎えたこの先にもまだ白紙のページが待っていて、見たことのない景色やストーリーを描けるような気がしたのだ。

「高山くん、食事でもしようか？」

　とどまるか。踏み切るか。悩みに沈んでいたとき、前沢に声をかけられた。事務所脇の喫煙所で張り込んでいると、何気なく、こう言われた。

「高山くん、食事でもしようか？」 

　その夜、2人で繁華街の端にある小料理屋の暖簾をくぐった。グラスを合わせると、ストレートに問われた。

「それで......本気でうちに来る気ある？」 

　不思議だった。なぜ前沢は自分が人生の岐路に揺れていることを知っているのだろうか。相談を持ちかけたことはなかったはずだった。他の球団職員や報道関係者から聞いたのだろうか。あるいは自分の佇まいからそう察したのだろうか。

「ええ......」と言ったきり高山が黙って俯いていると、前沢は微笑んだ。

【次ページ】　前沢からの予期せぬ誘い「一緒にやらないか」