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札幌か、北広島か? 200万都市vs.人口6万人の街…ファイターズ新球場建設をめぐる”運命の1日” 「前沢さん…真駒内でいいですよね?」 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byKiichi Matsumoto

posted2023/05/25 17:00

札幌か、北広島か? 200万都市vs.人口6万人の街…ファイターズ新球場建設をめぐる”運命の1日” 「前沢さん…真駒内でいいですよね?」<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

2023年から日本ハムファイターズの本拠地となった「エスコンフィールドHOKKAIDO」

その頃、北広島では…

 ーー午前7時20分 北広島 

 柴清文は読み終えた新聞をリビングテーブルの上に置いた。それからゆっくりとタバコの火を消し、ブラック・コーヒーを飲み干した。カップが空になるのとテレビ画面の時計表示が出発の時刻を告げるのとは、ほとんど同時だったーーいつも通りの朝の行動だった。

 北広島市役所に入庁したばかりの頃、当時の上司に口酸っぱく言われたことが3つあった。地元に住め。新聞を読め。上司より先に出勤しろ。自然とそれが柴の習慣になった。26歳で北広島に居を構えた。朝はタバコとコーヒーを道連れに地元紙に目を通し、どの課にいても、ほとんど朝は一番乗りで役所に着いた。そして企画財政部に異動してからは、これまでよりもさらに自宅を出る時刻が早くなった。部長の川村裕樹が7時半過ぎには出勤してくるからだった。 

 玄関を出ると、柴は薄明の中を歩いた。市役所まで10分ほどの道の途中、西の方角に無造作に林立した木々が見える。半世紀あまり眠ってきた森だった。誰もが通りすぎるだけだったあの場所がプロ野球球団のホームスタジアムとなるか否か、きょう結論が出る。そう考えるといつも通い慣れた道が特別なものに感じられた。

「昼までにはファイターズから連絡が来る」

 前日の業務終わり、川村が課員たちを前に言った。

「明日の昼までにはファイターズから連絡が来る。選ばれるにしても、選ばれないにしてもーー」 

 不思議とそれを聞いても柴に悲壮感はなかった。運命の日を迎えてみて気づいたのは、街も自分もこの2年間で大きく変わったということだった。誘致に乗り出すと聞いた当初は諦めが先に立っていた。この小さな街にファイターズがやってくる可能性など、ほとんどゼロだと考えていた。だが、先頭を走る川村や、さらにその先を走るファイターズの前沢らを見ているうちに、いつのまにか柴自身も走り出していた。自分に何ができるか、そう考えた末に、毎年駅前で開催される祭り会場での署名を集めに参加した。市民には名前だけでなくメッセージも添えてもらって球団に提出した。署名集めを手伝っていると、多くの市民が自分と同じように、あまりに壮大なこの事業に対して不安を抱えていることが伝わってきた。とりわけボールパーク用の道路整備費用などで将来の市財政が圧迫されることを危惧しているようだった。柴はそうした小さな不安のひとつひとつを受け止めるため、市内全5地区をまわって説明会を開こうと思い立った。北広島市は他の都市と同じように人口減少の問題を抱えていた。何もしなければ、これから税収は減る一方だ。市はボ ールパークの固定資産税を向こう10年間は減免する方針だが、11年目からは税収が入る。それ以上にボールパークが建設されれば企業が誘致され、ホテルができて、人口も増える。10年後を見れば税収が増えていく。市民ひとりひとりにそう訴えていく必要がある と考えていた。

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