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札幌か、北広島か? 200万都市vs.人口6万人の街…ファイターズ新球場建設をめぐる”運命の1日” 「前沢さん…真駒内でいいですよね?」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/05/25 17:00
2023年から日本ハムファイターズの本拠地となった「エスコンフィールドHOKKAIDO」
前沢からの予期せぬ誘い「一緒にやらないか」
「高山くん、手伝ってくれないか?」
予期せぬ言葉に高山は顔を上げた。
「新しいスタジアム、一緒にやらないか」
前沢の眼は真剣だった。その瞬間、高山は初めて前沢から新スタジアム計画の存在を聞いた日のことを思い出した。吉村を張り込んでいて偶然掘り当てた巨大なニュースだった。おそらくメディアでは誰よりも先に嗅ぎつけた。だが、あの時、高山は紙面掲載を保留してほしいという前沢の依頼を受け入れた。たとえ一時であれ、最も大切にしてきたス クープへの執着を忘れたのだ。
一緒にやらないかーー。前沢の言葉を耳にして、高山は自分の内面に気づいた。吉村にせよ、前沢にせよ、記者として接してきたこの球団の男たちは胸の中に未開地のような場所を持っていた。東京から北海道への移転を決断し、外国人指揮官を招聘し、日本プロ野球の枠からはみ出した新庄剛志を新たな物語の主人公に据えた。ダルビッシュ有の異端も、大谷翔平の挑戦も受容し、海の向こうへと送り出した。そして今、ホームスタジアム 札幌ドームに別れを告げ、前例のないボールパークへと舞台を移そうとしていた。高山はいつしか、既存の枠組みに挑んでいくような彼らの内面のフロンティアに惹かれていたのだ。
翌2017年1月から高山は北海道日本ハムファイターズの一員となった。広報部員となり、ボールパーク計画にも携わることになった。それから高山の成すべきことは新スタ ジアム建設を報じることから、実現させることへと変わった。
札幌か、北広島かーー
ーー新聞紙面にも、各紙のサイトにも、建設地に関する目立った記事は出ていなかった。高山はひとつ息をつくと、ネクタイを締めて部屋を出た。それから品川プリンスホテルのアネックスタワーへ向かった。エレベーターを5階まで上がると複数の会議室が並んだフロアに出た。臨時取締役会はそこで開かれることになっていた。廊下はしんとして人影がなかったが、高山は柱や植え込みの陰を見てまわった。メディアの姿はなかった。
ふと、空港にいた記者のことが頭をよぎった。彼はどうしただろうか......。
札幌か、北広島か。前沢の胸中にある結論がどちらなのか、高山も知らなかった。前日の移動の機内でも訊けなかった。新聞記者時代であれば躊躇うことなく訊いていたはずだ。だが、今は同じ組織にいるというのに問わなかった。その必要がない気がした。それよりも、高山は広報部員として自分の仕事をしなければならないと考えていた。誰よりも早く会議室のあるフロアに来て報道陣の有無を確認したのも、そのためだった。
前沢と三谷が5階に現れたのは、それから30分ほど経った頃だった。ホテルの大きな窓から差し込む朝陽に照らされた2人は張り詰めた表情をしていた。そして、やはり同じカバンを背負っていた。
「行ってくるよ」
前沢は高山にそう言うと、会議室へと続く薄暗い廊下の奥へと消えていった。三白眼の奥の瞳が微かに揺れていた。