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札幌か、北広島か? 200万都市vs.人口6万人の街…ファイターズ新球場建設をめぐる”運命の1日” 「前沢さん…真駒内でいいですよね?」
posted2023/05/25 17:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Kiichi Matsumoto
ベストセラー『嫌われた監督』の作家・鈴木忠平氏が描いた『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』(文藝春秋)を一部抜粋して紹介します。【全2回の前編/後編へ】
◆◆◆
ーー午前5時 東京
高山通史はアラームが鳴る前にホテルのベッドを抜け出した。長年染み付いたナイター暮らしの影響か、朝は得意ではなかったが、この日ばかりは夜が明けないうちに目が覚めた。2018年3月26日、ファイターズのボールパーク構想は建設地決定の日を迎えていた。札幌の真駒内公園か、北広島の総合運動公園予定地か、午前8時30分からの日本ハム臨時取締役会において結論が出ることになっていた。
高山はホテルから最寄りのコンビニエンスストアへ向かうと、並んでいた新聞をすべて買った。部屋に戻って全紙に目を通す。それからパソコンを開き、各紙のサイトも巡っていった。「ファイターズ」、「札幌」、「北広島」、「ボールパーク」、追っていたのはそれらの単語だった。朝一番で新聞をチェックすることは新聞記者時代にもよくあったことだが、今は球団の人間として目を通している。どこか不思議な感覚だった。
「前沢さん、これから取締役会ですか?」
取締役会が始まる前に建設地について確定的な先行報道がなされれば、決議そのものが中止される可能性もあるーーまだ未明のうちに目覚めたのはそう聞いていたからだった。高山が前沢、三谷とともに東京に入ったのは前日の午後だった。札幌ドームの球団事務所で待ち合わせて新千歳空港へ向かった。羽田行きの出発口に着くと、どこかで見覚えのあるスーツ姿の人物がゲート脇に立っていた。大手新聞社の記者だった。記者は前沢に歩み寄ると、質問を投げた。
「前沢さん、これから取締役会ですか?」
口調に切迫した響きがあった。前沢は記者を一瞥しただけで何も言わず、足早に歩き去ろうとした。記者はなおも追いすがった。
「真駒内で......、真駒内でいいですよね?」
そう言って、前沢の顔を覗き込んだ。彼は質問をぶつけた瞬間の前沢の表情の変化によって、イエスかノーかを読み取ろうとしているようだった。
高山にはその記者の心情が想像できた。彼は追い詰められていた。おそらく会社のデスクから、札幌なのか北広島なのか、建設地についてスクープを打てと圧力をかけられていたのだろう。かつては高山もメディア側の人間で、そうした経験を嫌というほどしてきた。
何か力になれればという思いもよぎったが、高山自身、どちらに転ぶのか分かっていなかった。