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「え、ファイターズが北広島にくる」人口6万の市がなぜ新スタジアムの候補地に? 当て馬にされているのでは…「どこまで本気かわかりませんよ」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/05/11 06:03
2023年から北海道日本ハムファイターズの本拠地となった「エスコンフィールドHOKKAIDO」。人口6万人の北広島市になぜ新スタジアムが建設されたのか
仕事中に頻繁に携帯電話が鳴るようになった。その度に川村はわざわざ席を立ち、人目のないところへ移動した。断片的に漏れてきた会話の内容から察するに、電話はファイターズの前沢からのようだった。そして、これまで外出には杉原ら課員を伴うことの多かった川村が、「球団に行ってくる」とひとりで出掛けるようになったのだ。
一体、何があったのか。課内にも知られては困る案件なのか。上司の突然の変化はずっと心に引っ掛かっていた。
普通列車は沈黙を保ったまま、断続的に乗り込んでくる客たちを迎え入れていた。発車時刻まではまだ数分あった。杉原は車輛内を見渡した。川村は酔いにまかせ、気持ち良さそうにシートにもたれていた。他の同僚たちも適度な距離を保って座っていた。
何気ない質問に表情が一変「ここだけの話に…」
「あの、次長、ひとつ訊いていいですか?」
杉原は少し声を落として切り出した。川村は顔に微かな陶酔を浮かべたまま頷いた。
「最近よくファイターズとお話しされているようですが、何かあったんでしょうか?」
何気なく訊いたつもりだった。だが、その瞬間、川村の表情が一変した。驚いたように顔を上げると、杉原を見た。
しばらく沈黙があった。オープンな性格の川村が口籠るのは珍しいことだった。杉原は不都合なことを訊いてしまったのかと不安になったが、やがて川村は意を決したように、こう言った。
「まだ何も決まっていないんだ……。だから、ここだけの話にしておいてくれ」
杉原は「はい」と返答して唾を飲み込んだ。川村は車輛内を見渡しながら声を潜めた。
「じつはな、ファイターズが札幌ドームを出るっていう話がある」
今度は杉原が目を丸くする番だった。ファイターズが札幌ドームを離れる……。なぜ? 漠然とした疑問が浮かんだ。川村はさらに声のボリュームを落として続けた。