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あの森がファイターズの新球場に? ”ミラクル開成”奇跡の男が明かした衝撃の極秘計画と翌朝メール「昨日の話ですが…胸にとどめておいてください」
posted2023/05/11 06:04
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Kiichi Matsumoto
ベストセラー『嫌われた監督』の作家・鈴木忠平氏が描いた『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』(文藝春秋)を一部抜粋して紹介します。【全2回の後編/前編へ】
◆◆◆
いつしか車内は混み始めていた。赤ら顔をしたコート姿の人々がシートを埋め、つり革にぶら下がっていた。そこでようやく夜のホームにアナウンスが響き、扉が音をたてて閉まった。普通列車・千歳行きはゆっくりと動き出した。
車窓の向こうに漆黒の闇が流れていく。杉原は横目で川村を見た。重大な計画を部下に打ち明けたからだろうか、川村はそれっきり口をつぐみ、思い詰めたように宙を見ていた。
車輪が線路に擦れる音と規則的な揺れの中で、杉原は頭の中を整理しようとしていた。胸には相反する二つの感情が渦巻いていた。
諦めの裏にあった”微かな願望”
ひとつは諦めだった。ファイターズが札幌ドームを出るのは事実かもしれない。そうだとしても、北広島にやってくる可能性はどう考えてもゼロだった。
だがもうひとつ、否定の裏でどうしても捨てきれない感情があった。たとえわずかでも可能性を信じてみたいと微かな願望を抱いている自分がいた。そうさせていたのは川村の表情であり、眼差しだった。公務員として道標にしてきた男の本気が、この現実離れした計画をかろうじて現実として受け止める根拠になっていた。
杉原にとって川村は"奇跡の男"だった。
初めて会ったのは2005年春、北広島市役所に入庁した日だった。辞令交付式の後、新人職員たちは研修を受けた。その講師をしていたのが川村だった。講習が一段落して休憩に入ったとき、杉原が佇んでいると背後から声を掛けられた。
「きみが杉原か?」
振り返ると、川村が立っていた。さっきまで講師をしていたベテラン職員がなぜ、ひとりの新人の名前を知っているのか? 杉原は不思議に思った。
きょとんとする新人に向かって、川村は言った。