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「防御率は23点台…眠れないほど悔しかった」偏差値70超・開成高野球部出身“打たれまくった”ピッチャーが東大野球部の64連敗を止めるまで
text by
沼澤典史Norifumi Numazawa
posted2023/04/04 11:05
開成高時代の奥野雄介のピッチング。2022年に東大卒業、三菱自動車倉敷オーシャンズに入部。開成高出身ピッチャーで、東京六大学リーグ初勝利をあげている
「腰の怪我明けで、慎重に投げていたときです。力任せにならないので、必要なぶんだけ、必要な体づかいをしているので、ボールがキレていました。135キロくらいは出ていたし、いいスピンがかかっていて低めのボールが落ちずにそのままどんとくる。ところが怪我が完治すると、力が入ってしまった。球速はあるけど、ストライクゾーンにいかなくなった。指導者の身として、ポテンシャルを開花させてやれなかったと反省しています」
「防御率は23点台…眠れないほど悔しかった」
高校3年の夏、エースナンバーは他の部員が背負い、奥野の背番号は10だった。秘めた力を使い切れなかった奥野は、青木の元を離れて東大野球部に進み、いかに成長を遂げたのか。
開成高校野球部の現役時代、奥野の校内順位は400人中の250位ほど。開成では、上位1/3ほどが東大現役合格ラインとされるなか、3年夏に初戦敗退で部活を引退した後の奥野は順位を一気に上げ、50位ほどにつけた。
東大の合格発表は3月10日。順当に現役合格した奥野は、脇目もふらずに入部届を出し、同月14日には野球部の練習に参加。多くの1年生部員は、受験勉強でなまった体を整えるのに苦労するものだが、早くも1年秋のリーグ戦で登板の機会を得た。開成高校野球部監督・青木秀憲の育成方針は、「東大野球部で活躍できる選手になれ。高校野球では負けてもいい」であり、1年生で神宮球場のマウンドに上がった奥野の姿は、さぞかし恩師の胸を熱くさせたことだろう。
だが、東京六大学野球は甘くなかった。
「1年秋のリーグ戦4試合に出場して、防御率は23点台。まったく通用しないくらい打たれ、眠れないほど悔しかったです。1年生の自分は真っ直ぐとスライダーしかなく、コントロールは不安定。ランナーを背負ったときの対処もまったく考えていませんでした」
東大野球部の64連敗を止めた日
そもそも開成野球部は、東大野球部とはピッチャーの評価基準がまったく違う。前編で述べたように開成野球部のピッチャーの使命はとにかくストライクを投げること。ピッチャーがいくら失点しても、打撃で取り返す戦略だからだ。
「開成では試合が壊れるという概念がなくて、勝つか負けるかしかない。1-0も13-0も負けは負け。同じなんです。負けたときに責められるのは野手陣ばかりで、お前らはなんで打てなかったんだという話になる。東京六大学の投手は、『1試合で3失点以内に抑えよう。そのためにはどうすればいいか』といった考え方をするものですが、開成の投手はそんなことをしなくていいんですよ。自分は、なにもかも六大学のレベルには達していませんでした」
その差を埋めるためには、ひたすら練習とトレーニングしかない。1年冬のオフシーズンは、朝8時から昼過ぎまで全体練習に参加し、昼食後は15時から17時まで個人練習にあて、その後はジムに通う生活。一日の投球量は100~200。野球漬けの毎日と言ってよいだろう。