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近鉄の伝説的バッターはなぜ“大金を貸し続けた”のか? 「300万貸したヤツがベンチの真上に…」豪快エピソードに隠された“栗橋茂の真実”
text by
岡野誠Makoto Okano
photograph byNumberWeb
posted2023/02/14 11:01
近鉄「伝説の4番」栗橋茂さん。現在はスナック『しゃむすん』でマスターを務める
「突っ張ってたんだろうね」。今はスナックで…
栗橋の野球人生には“もしも”が付きまとう。酒を最低限に控え、規則正しい生活を送っていればもっと打てたのではないか。2番に適応できれば、新井の加入はなかったかもしれない。暗黒期の始まった阪神に移籍していれば、出場機会は増えていただろう。
だが、栗橋は“近鉄バファローズの型破りな4番”であり続けようとした。
「別に酒が好きなわけじゃないんだよ。周りに強さを見せたかったのかな。『俺は朝まで飲んでも打てるんだ』と突っ張ってたんだろうね。そんな選手が2番でバントとかできないんだよ。阪神とのトレードにしても、もうちょっと融通きいてもいいなと思うけど、動かなかったね」
物事は常に二律背反である。酒を浴びるように飲み、2番に馴染めず、トレードも断るような突っ張った性格だからこそ、栗橋は豪快なアーチを架けられたのだ。マスターを務めるスナック『しゃむすん』には、今も昭和のパ・リーグを懐かしむ野球ファンが集まる。
「若い人からすると、こんなバカな話は考えられないだろうね。6年前に心臓を悪くしてからは飲んでないけどね。最近の選手は筋トレでパワーつけてガンガン飛ばして凄いよ。今の時代に野球やりたかったな。当時は科学的なトレーニングが浸透していなかったからね」
「誰も俺についてこれないんだから」
強がりで、好きでもない酒を口にしていたことは理解できた。では、なぜ飲むようになったのか。「近鉄の選手に影響されたのか」と聞くと、栗橋は急に語気を強めた。
「いやいや、近鉄は関係ない。周りになんて左右されないもん。そんなのないよ。誰も俺についてこれないんだから。俺自身が飲みたいから飲んだんだよ」
思えば、入団から現在まで49年間も藤井寺に住み続けているにもかかわらず、栗橋は一切、関西弁を口にしない。
他人に染まらない男に近鉄魂などなかった。栗橋の魂が近鉄に宿っていたのである。だから、球団が消滅した今も、栗橋茂は肩で風を切りながら歩いている。時に、『しゃむすん』のそばにある藤井寺球場の跡地を眺めながら――。
※1 『俺たちのパシフィック・リーグ(1) 近鉄バファローズ1988』(ベースボール・マガジン社/2020年10月発行)
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