弟子の涙に師匠は笑顔で「泣くなよ、お前！」

　弟子は、師匠を超えることと同じくらい、あるいはそれ以上に、師匠がいつまでも偉大な存在であることを願う。そのために自分が何かしらの好影響を与えられたならば……それは無上の喜びだろう。

「とことん付き合ってくれまして、ありがとうございます」

　藤波から感謝の言葉をもらった棚橋は「僕、プロレスラーになりたくて……。藤波さんを目標に頑張ってきたことは間違いじゃなかった」と涙ぐんだ。

　ロックアップをはじめとした全ての所作が最高の手本であることを改めて体感したから、だけではないだろう。“エース”になった自分のフルコースをぶつけることができたから、だけでもない。

　藤波の教えをもとに築き上げられた“棚橋弘至”というプロレスラーは、68歳の師匠の全てをシングルマッチで引き出し、60分ずっとこの幸せな空間に浸かっていたい、と思っていた会場を12分弱の決着で「“やっぱり”この試合を見に来てよかった」「“やっぱり”この2人の関係は最高」という多幸感で包んでみせた。

　試合結果や年齢、2人を取り巻く状況は違えども、試合後にリングを見つめる観客の顔は、1988年の藤波vs.猪木の映像に残っているものと同じだった。プロレスラーとしての最高の勝利は何か。それは確かに受け継がれていた。

　弟子の涙に、師匠は笑いながらこう言った。

「泣くなよ。俺、引退じゃないんだぞお前！」

　そして藤波は「これは負け惜しみじゃないんだけどね」と足の状態が万全ではなかったことを悔しがり、次戦に向けてより良い状態になることへの意欲を見せた。棚橋はすかさず「藤波さんと、朝、ランニングがしたいです」とリクエスト。最高の師弟関係は、少しずつ形を変えながら、時代を超えて永遠に続いていく。

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