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「今なら大問題」全女で“本当にあった”新人への深夜説教「集合」の正体…豊田真奈美の下積み時代を支えた両親の借金「マミに送ってやらんといけんけ」
posted2026/03/13 11:00
現役時代は「飛翔天女」のキャッチフレーズで人気を博した元女子レスラー・豊田真奈美さんインタビュー【第1回】
text by

伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph by
Hideki Sugiyama/AFLO
YouTubeで過去の女子プロレス団体の映像を観られるようになったここ数年で、“伝説の女子プロレスラー”として再評価されているOGが後を絶たない。その代表格が、ブル中野と豊田真奈美だ。
柔軟性と華麗さを持ちあわせたファイトスタイルで縦横無尽にリングを駆けまわり、長い黒髪、気高いたたずまいから、「飛翔天女」というキャッチフレーズをつけられた豊田。Netflixシリーズ「極悪女王」で描かれなかった“平成女子プロレス”では、そのド真ん中を疾走していた。
起点は、全日本女子プロレス興業(略称・全女)。女王誕生までを振り返ってもらった。
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◆◆◆
――全女に所属していたころにリリースされたビデオで、島根県益田市に帰省しているんですが正直、かなり田舎だなぁと思いました。
豊田 いまでこそ空港があって、だいぶ開けてるけど、当時は夜6時半に閉まってしまうスーパーが2店舗くらいしかなかったし、「コンビニには不良がたまるから」っていう理由で、益田市の条例で作られなかったらしい。けど、さすがに時の流れに逆らえず、いまは普通にあるけどね。マクドナルドもないし、ケンタッキーもないし、グリコアっていうファーストフード店だけはあった。たしかに、田舎だね。
全女入寮の日、母が「連れて帰る!」と…
――作中でお兄さんとお姉さんが出演していて、声をそろえて妹は「気が強い」と言っていて。
豊田 うっふふふ(笑)。気が強くて負けず嫌い、ね。なんにしろ負けたくないって感じだった、誰にも。全女のオーディションで最終審査で質問されたときに、「私は田舎者ですけど、都会の人には負けません!」って言って合格したの。女子プロ(の世界)に入っても、トップに立ってやるってすでに思ってたんだと思う。
――オーディションを受けたのは15歳で。
豊田 15歳の1月。早生まれで3月2日が誕生日だから、16歳になって3日後の3月5日に東京に出てきた。高校は1年だけ行って、中退して。
――中退して、島根県から花の大都会・東京に出ていくことに対して、ご両親は?
豊田 上京した日には2人とも付いてきて、私が全女の寮に置かれたら、その場で父親と母親とはバイバイ。その日は近くのホテルに泊まったらしく、翌日帰るときは、(寮が併設されている)事務所の前をタクシーで通って、空港に向かったらしいんだけど、もうお母さんが泣きわめいて、「連れて帰る!」って言ってたらしい。お父さんが、「ダメだったらすぐ帰ってくるから、とりあえずやらせてみよう。いまやらせなかったら、この子はあとからグズグズ言って、面倒くさいことになるから。ダメだったら帰ってくるよ」って、お母さんをなだめたらしい。
――お父さんは賛成で?
豊田 いや。賛成ではないけど、私は言いだしたら聞かない子だから。あと、きょうだいの3番目の子だから、好きなことをやらせてもらえたんだと思う。

