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「体重マイナス30キロ」最高90キロだった元・大人気女子レスラーが“激ヤセ”した理由…豊田真奈美55歳が語る引退後の今「糖質制限ダイエットにハマって…」
posted2026/03/13 11:02
現役時代は「飛翔天女」のキャッチフレーズで人気を博した元女子レスラー・豊田真奈美さんインタビュー【第3回】
text by

伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph by
Hideki Sugiyama/AFLO
2002年7月6日、全日本女子プロレス興業(全女)の東京・大田区体育館(現、大田区総合体育館)大会で、伊藤薫に敗れてWWWA世界シングル王座から陥落した豊田真奈美は、その日限りで全女を電撃退団した。翌7日、全女のライバル団体だったGAEA JAPNの大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)スカイホール大会に姿を現した。
超大物選手による超大型移籍は、女子プロレス界屈指の事件だった。その裏で、いったいなにが起こっていたのか。退団、移籍、大ケガ、引退、ダイエット。“元祖・天才美人レスラー”がいまだから明かせる本音を口にした。
◆◆◆
会社ぐるみで「追い出しの空気」があった
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豊田 私が全女にいる役目は終わったと思ったから、あのころにはもう。いとちゃん(伊藤)とかが人気選手になっていたから、私はもうここに必要ないなと。そういうタイミングのときに長与(千種)さんが声をかけてくれて、長与さんとか向こうの社長さんとお話をすることになった、「専属フリーでどうですか」と。時期? 覚えてないけど、何カ月も前からとか、そういうことではなかったと思う。
――悩みましたか?
豊田 いや。全女に私はもう、必要なかったから。でも、すごく寂しい気持ちだったよ。私は全女にすごく貢献したつもりだったし、会社も豊田がいるのが当たり前だと思ってただろうけど、あのころにはもう会社ぐるみで、追い出しっぽい空気があったのね。「辞めます」と言っても、「あー、どうぞどうぞ」っていう感じだったし、だから、ここにいる必要ないと思った。あんなに「おまえがいなきゃ、全女は困る」って言われてたのに、「こんな追い出し方ってある?」っていう思いがあった。
――直接、そういうニュアンスの言葉を投げられるんですか。
豊田 というか、空気だね、みんなの。たぶん会社は、選手のことをお金を生むアイテムだと思ってたんじゃないかな。それができなくなったら、「もういらない」と。
――そんな状況下であれば、GAEAからのオファーは二つ返事でOKと?
豊田 いや。考えたよ、当然。考えたけど、新しいところでやってみる、そういう時期なのかなぁって。そのあとも、あんなに長く続けるなんて思ってなかったし。だって、GAEAに移ったときにはもう30(歳)過ぎてたから、やれてもあと数年だろうと思ってたけど、ところがどっこい(笑)。「みんな、何歳までやるの?」っていう時代になったからね。

