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西武戦の名物“杉谷イジり”はなぜ生まれた? 台本なし&絶妙アドリブで育んだ不思議な8年間「会話はトータル30分くらい」

posted2022/11/25 11:21

 
西武戦の名物“杉谷イジり”はなぜ生まれた? 台本なし&絶妙アドリブで育んだ不思議な8年間「会話はトータル30分くらい」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

侍ジャパンとの強化試合が現役最後の試合となった杉谷拳士。溢れ出る涙を堪えきれなかった

text by

佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

PROFILE

photograph by

Nanae Suzuki

 今季限りで現役生活にピリオドを打った日本ハムファイターズの杉谷拳士(31歳)。記録より記憶に残るユーティリティープレイヤーを語る上で、絶対に欠かせない女性がいる。株式会社西武ライオンズの社員で、ベルーナドームの場内アナウンスをつとめる鈴木あずささんだ。敵地ながら愛情たっぷりの“イジりアナウンス”は西武対日本ハムの名物にもなった。杉谷と鈴木さんのなんとも不思議な関係とアナウンス秘話、“杉谷ロス”の思いを聞いた。

〈この数日、ざわめくハートを持て余している、全国の杉谷拳士選手ロスのみなさま、お待たせいたしました〉

 鈴木さんのアナウンスが響いたのは11月5日に行われた侍ジャパンと日本ハムの強化試合の試合前練習でのこと。場所はベルーナドームでも札幌ドームでもなく、東京ドーム。その8日前、電撃的に引退を発表した杉谷の現役最後の試合に、鈴木さんがサプライズで駆けつけた。

「引退会見、ならぬ“前進会見”で、杉谷選手が私の名前を出してくださったんです。『今までたくさんのすてきなお言葉ありがとうございます』って。記者さんの質問に答えたのでしょうけれど、それを見て、それはズルいですよね、って……。せめて最後、何かしらの方法で見守ろうと思っていたのですが、お世話になっている周囲の方たちから『あずささん、行ってあげて』と。たくさんの方が同じ想いで動いてくださったんです」

「泣かない準備だけはしていきました」

 最後のアナウンスで杉谷に伝えたい言葉はすぐに決まった。大変だったのは、突然の引退に動揺していた気持ちの整理の方だ。

「アナウンスを普通にできるかな、そこまでに気持ちの整理をつけられるかな、と。お客さまやファンの皆さまを差し置いて、私が感極まるなんてことだけはできない。だから泣かない準備だけはちゃんとしていきました。泣くのは終わってからだぞ、って」

〈その人気は、今や侍ジャパン越え、球界大注目の、みなさまの杉谷拳士選手が、ただいま最高に前向きにバッティング練習を行っております。みなさん、今日が最後のチャンスです〉
〈練習中、控えめに言って控えめな打球が、思いのほか鋭い打球が、まれにスタンドに入ることがございます〉

 東京ドームに笑顔の花が咲く。打撃練習の最後は、この言葉で締めくくった。

〈杉谷選手、これまで本当にたくさんの素敵なお時間、ありがとうございました〉

「お客さまが涙ぐんでいたり、東京ドームの放送室の中にいる方たちも感動してくださって、それを見て少しホッとして、胸がいっぱいになりました。そこでは泣かなかったんですけど、試合中ですよね……マスクがあって良かったです。最後の打席、胴上げまでスタンドで拝見しました。あんなに凄い胴上げは見たことがない。こんなにスーパースターでした? 今まで本当にごめんなさい、って(笑)。でもここまで見届けることができて幸せでした」

 稀代のエンターテイナーと場内アナウンス担当の涙と笑顔のエンディング……ではあるが、実は杉谷と鈴木さんの関係性は世にも奇妙な間柄だ。2人が直接会話したのは8年間でトータルでも「30分くらい」と笑う。

【次ページ】 突然のリクエスト「最初は勇気が出なかった」

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