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西武戦の名物“杉谷イジり”はなぜ生まれた? 台本なし&絶妙アドリブで育んだ不思議な8年間「会話はトータル30分くらい」 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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photograph byNanae Suzuki

posted2022/11/25 11:21

西武戦の名物“杉谷イジり”はなぜ生まれた? 台本なし&絶妙アドリブで育んだ不思議な8年間「会話はトータル30分くらい」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

侍ジャパンとの強化試合が現役最後の試合となった杉谷拳士。溢れ出る涙を堪えきれなかった

 ウイットに富んだ言葉の数々を繰り出す鈴木さんだが、実はこれらのアナウンスは、台本なしのアドリブだったという。

「原稿に落としてしまうと、台本を読んでいるみたいになってしまうのが嫌だったんです。杉谷選手の様子を拾いながら事前に考えていた単語をちりばめて、という形をとっていました。内容に関しては、なるべくマイナスな言葉は使わないように、自分が言われて嫌な言葉は選ばないようにしていました。あとは、自己満足にならないこと。お友達というわけではないので、気軽な感じにならないように、ということは気をつけていました」

 実は、アナウンスは毎回していたわけではない。杉谷がスタメンに入っている時は、試合に集中できるようにアナウンスを見合わせていた。また、注目が集まるようになってからは密かに、杉谷のバッティング練習と大型ビジョンの映像との”被り”にも気を配っていたという。

「そういった時間帯はアナウンスをしてはいけないのでその調整も大変でした。放送室全体が杉谷選手シフト、みたいな(笑)。出場選手登録の公示は常に気にしていましたし、バッティング練習の順番も当日、ファイターズのスタッフの方に聞いたりして確認していました。最後の方はお客様も楽しみにしてくださって、スタメンでも杉谷選手の方から『やっぱりアナウンスお願いします』と言われることが多かったです」

一番考え抜いたのは2017年の「空前絶後」

 練りに練った言葉として鈴木さんの印象に残っているのは2017年、10月5日の試合前練習のアナウンスだ。この年、杉谷は一軍出場が35試合にとどまり、ビジターの西武戦に帯同したのはこの日が最初で最後だった。

「一軍に上がってくるという情報を見て、誰もいない球場のスタンドを散歩しながら何を言おうか考えたんです。そのシーズン初登場で最終戦。チャンスは1回しかない、絶対に何か言いたいな、と。あれが一番考え抜いた言葉かもしれないですね」

〈ただ今バッティング練習を行っておりますのは、空前絶後の、超絶怒涛のムードメーカー。野球を愛し、ファンに愛され、スタンド、グランド、審判団、その全ての笑顔の産みの親。(略)出身は大泉学園。所属、北海道日本ハムファイターズ、背番号2。あれから約1年、メットライフドーム最終戦で初登場。みなさん今日が最後のチャンスです〉

 球場が沸き、三塁側でアップしていたライオンズの選手たちも思わず笑みを浮かべた。

無観客の球場でもアナウンスをした理由

 たった一度、誰もいないスタンドに杉谷へのアナウンスを響かせた。2020年6月19日。世界をコロナ禍が襲い、プロ野球が3カ月遅れで開幕した日のことだ。

〈前向き、元気。変わらないって素晴らしい。杉谷選手、今年もよろしくお願いします〉

 無観客開催の球場に語りかけた。

「アナウンスはしないのが普通だし、お客様がいなくて中継の時間でもなく、一体誰に向かって言っているんだ、という話なんですけどね……。でも、きっと誰かが気づいてくださるんじゃないか、って。あの時、野球ファンの皆さまは情報に飢えていたと思うんです。生活は変わってしまったけれど、スタジアムのこちら側は変わっていませんよ、と。プロ野球選手は野球を、技術を見せるということをしているし、杉谷選手もいつも通り元気に声を出し、全力で走っていた。変わっていないんだ、ということを伝えたかった。野球とお客様の繋がりは絶対に閉じてはいけないなと思って、その思いを言葉にしました」

 人数制限付きで観客が入ってからは、鈴木さんは時勢を踏まえながら積極的に杉谷の“イジりアナウンス”を繰り出した。

〈杉谷選手、おそらく放送室とのディスタンスが原因で、ただ今オーラが見えにくくなっております〉
〈映像では感じられないノーカット、ノー編集、いつでもなぜかドラマチックな杉谷選手のリアルを、どうぞみなさまご自身のお席でご堪能ください〉

 異例のシーズンを、ユーモアたっぷりの言葉で彩った。

「そんな大層なことは言っていないんですけどね。杉谷選手に引っ張られていた部分は大いにあると思います。いつも前向きですから」

【次ページ】 シーズン最後のアナウンス「引退は知らなかった」

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