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首位ヤクルトとの決戦直前に退任発表、それでも2011年落合中日が逆転優勝できた理由とは? 井端の笑顔、吉見の雄叫び、そして落合の目には…
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2022/09/22 06:03
首位ヤクルトと8月に最大ゲーム差をつけられながら、逆転優勝を果たした中日。落合博満の監督最終年となった終盤に何が起きていたのか…
井端が白い歯を見せ、吉見は叫ぶように
だから谷繁はゲームが終わるといつものようにミットを磨いた。いつものようにプレーボールからゲームセットまですべての配球と結果を頭の中で振り返った。1試合をまるごと「カチャン」と脳内の引き出しにしまう音を聞いてから、球場を後にした。
それが自分にできる最大のことだった。
ただひとつ不思議なのはこの日を境にしてチームに昂りが生まれたことだった。
眉毛を上下させることでしか感情を示さない井端が塁上で拳を握り、白い歯を見せるようになった。
精密機械のように淡々と投げる吉見一起が一球ごとに叫ぶようになった。
「どうする?」「いきます」
おそらくだれも気づいていなかったが、これまで当たり前にあった日常が終わると知ったその瞬間から、このチームは感情を持つようになっていた。
第2戦も制し、第3戦へと向かう前、谷繁は落合から問われた。
「どうする?」
そのゲームは2番手捕手が先発マスクをかぶり、谷繁は休養する予定だったが、落合はここが勝負と判断したようだ。
「いきます」
それ以上の言葉は必要なかった。