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首位ヤクルトとの決戦直前に退任発表、それでも2011年落合中日が逆転優勝できた理由とは? 井端の笑顔、吉見の雄叫び、そして落合の目には…
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2022/09/22 06:03
首位ヤクルトと8月に最大ゲーム差をつけられながら、逆転優勝を果たした中日。落合博満の監督最終年となった終盤に何が起きていたのか…
事実上のラストチャンス。その初球だった
追いつめられたヤクルトも必死だった。神経を削り合うような死闘は2-2のまま9回裏ツーアウト一、二塁。ここで打席に入った谷繁はまずスコアボードの時計を見た。開始から3時間28分が過ぎていた。
このシーズンは震災による電力問題のため3時間半を超えて次の延長イニングに入らないという特別ルールが定められていた。
引き分けは負けに等しい。事実上のラストチャンス。その初球だった。
荒木の明日なきダイブ
相手の守護神・林昌勇のストレートをとらえた打球はつまりながらレフト前に弾んだ。二塁から俊足を飛ばした荒木が宙を泳ぐようなヘッドスライディングで決勝のホームをかすめとった。
一歩間違えば大怪我につながる、これまでの日常では決してやらなかった明日なきダイブ。それは荒木の昂りだった。
サヨナラ勝ち。谷繁もこみあげる衝動のまま少年のように飛び跳ねた。ベンチを飛び出した選手たちに水をかけられ、バチバチと体を叩かれた。祝福の渦をくぐってベンチへ戻ると、そこに落合が待っていた。
落合の様子が…
いつもと様子が違っていた。
「非情」を代名詞とする指揮官が目を真っ赤にして微笑んでいたのだ。差し出された右手を握り返すと、その手をぐいっと引き寄せられ、短く刈り込んだ40歳の頭をグリグリと撫でられた。落合は今までにそんなことをしたことはなかった。そんなことをする人間ではなかった。
銀縁めがねの奥に光るものが見えた。