突然の監督退任発表「なんで今なんだ……」

　その差4.5ゲーム。谷繁が先発メンバーに戻ってから隙のなさを取り戻したチームは徐々に差を縮め、この4連戦に逆転優勝を賭ける権利を手にしていた。

　正午過ぎ。谷繁は薄暗いドームの駐車場に車を滑り込ませた。戦場とプライベートを隔てる「関係者入口」の冷たいドアノブをガチャリとまわし、ロッカーへと続く細い通路を歩いていく。ただこの日はどこかベンチ裏の空気が騒然としていた。

「きょう落合監督の退任発表がある。どうやら事実上の解任であるらしい――」

　スタッフに情報がまわっていた。 それはこのチームにとって日常の崩壊だった。

「なんで今なんだ……」

「監督のために」と口にする選手はだれもいなかった

　だれかが言った。たしかに不可解だった。シーズン最大のヤマ場を迎えた日になぜチームの動揺を招くような発表をするのか。そもそも3度のリーグ優勝をもたらした指揮官を解任する理由とはなんなのか。

　ただ谷繁の心は波立たなかった。

《今日のヤクルト戦をどうするか。優勝するために何をすればいいか》

　落合退任の報に接しても頭にあったのは依然としてそのことだけだった。

©Tamon Matsuzono

　当の落合もただひと言「契約が全て。それがこの世界」と記者団に発しただけで退任会見への出席を拒み、チームに何も説明することなく、いつも通りベンチに座った。

　そして中日は勝った。

　ひとりひとりが自分のために自分にできることをやった。マスク越しにダイヤモンドを見渡す谷繁にはそれがわかった。

「監督のために」と口にする選手はだれもいなかった。このチームらしく感傷はどこにも見当たらなかった。

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