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「プツンとキレて、席を立ち去りました」マイク仲田(57)が明かす“阪神からFA移籍”の真相…掛布雅之は「マイク、大人になれ」 

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岡野誠

岡野誠Makoto Okano

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photograph byMakoto Kenmizaki

posted2022/04/21 11:01

「プツンとキレて、席を立ち去りました」マイク仲田(57)が明かす“阪神からFA移籍”の真相…掛布雅之は「マイク、大人になれ」<Number Web> photograph by Makoto Kenmizaki

元阪神・仲田幸司の覚醒は、なぜたった1年で終わったのか?(写真は1985年)

「毎朝、ボルタレンというキツい痛み止めを2錠も飲んでました。それでも痛みは取れないわ、口内炎はできるわ、首は曲がらなくなるわ、大変でした。でも、広岡さんは自分に懸けてくれたわけで感謝しかないですよ。今でも連絡取っていますし」

ロッテ二軍監督・山本功児への感謝

 移籍1年目0勝に終わった仲田は翌年、開幕一軍に残れなかった。ファームで燻っていた春先、二軍監督の山本功児に「サイドスローにしてワンポイントで使えるなら、一軍が呼びたいと言っている。どうする?」と聞かれた。本格派を自認してきたマイクには受け入れがたい提案だった。「それでダメなら今年で終わりという意味じゃないですか。現役を続けたいので、フォームを変える気はないです」と一度は断った。

「山本功児さんは、僕や津野(浩志)、与田(剛)など二軍にいるベテランを本当にかわいがってくれました。津野は日本ハムで高卒2年目で開幕投手を務めたし、与田は中日で抑えのエースだった。実績のある30代をファームでどう使っていくか難しかったと思いますよ。それでも、親身になってくれた。『シーズンはまだ長いぞ。1回やってみろ。それでダメだったら元に戻せばいい』と説得され、サイドに変えました」

 二軍の投手コーチにはアンダースローで鳴らした松沼博久がいた。手取り足取りフォーム改造を手伝ってくれたが、マイクの体は言うことを聞かない。

「最初は横から投げようとするんですけど、最後はオーバースローになる。周りから『詐欺投法やないか!』と言われました(笑)。全然しっくりこなかった」

二軍最終戦の前日、監督室に呼ばれて…

 己に正直なマイクは気持ちと体が連動するのだろう。相手を幻惑するはずのサイドスローに、自分が最も戸惑っていた。6月、一軍に初昇格するも思うようにボールを操れず、7月上旬に二軍落ちした。夏場を過ぎても、ファームで暮らすベテランに居場所はない。だが、山本功児二軍監督は粋な計らいを見せた。8月29日のヤクルト戦では先発の津野が5回1失点で抑え、6回から仲田、9回は与田が締めて、2対1で接戦をモノにした。相手はのちに球界を代表するセットアッパーとなる2年目の石井弘寿だった。

 二軍最終戦の前日、山本は監督室に3人を呼んだ。

【次ページ】 阪神HCから「採るからそのつもりでいてくれよ」

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