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パトリック・チャン「ユヅルが新しい世代を築いたのです」 元世界王者が“羽生結弦への敗北”を納得できるようになるまで《独占告白》
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2022/02/10 06:01
2014年ソチ五輪で熱く抱き合うパトリック・チャンと羽生結弦。羽生が金、チャンが銀メダルに輝いた
チャンにとって「ソチでの失敗」とは何だったのか?
彼自身、金メダルを逃したという打撃から立ち直るのに時間を要したという。
「フリー演技が終わったときは、人生で最大の失望を感じました。アマチュアアスリートの競技人生において、オリンピックは特別なもので人生を賭けて挑む。子供の頃からオリンピックで金メダルを取るとその後の人生が変わる、と言われてトレーニングを積んできました。オリンピックを楽しむとか、その経験をその後の人生に生かす、というようなことは教わってこなかった。でも今思い返すと、ソチオリンピックでの失敗で学んだものは、自分がチャンピオンになっていた場合よりも大きかったのではないかと思っています。トップに立っても、いつかは落ちる。それはアスリートの宿命。それをどう受け入れて残りの人生を生きていくかが大事なのです」
失望を乗り越えて1年の休養をとり、チャンは平昌オリンピックを目指して2015-2016年シーズンから競技に戻ってきた。だがかつての絶対王者の地位は、もう彼のものではなかった。
「競技に復帰したとき、フィギュアスケートは別なレベルに行っていました。最終グループの顔ぶれもガラリと変わっていた。ユヅルがどんどん記録を更新し、ハビエル(・フェルナンデス)が追うというような形で、もう自分が入り込む余地はない、という気がしました。その新時代が始まったのは、間違いなく2014年のユヅルからだったと思う。彼が今の新しい世代、ネイサン、ショーマらの、新しいフィギュアスケートの世代を一番最初に築いたのです」
羽生の五輪2連覇を目にしたチャン「ユヅルが証明してくれた」
平昌オリンピックでは団体戦に照準を定め、見事にカナダチームとして金メダルに貢献したチャン。だがそれと同時に羽生が2連覇を果たしたのを目にして、何かが胸にすとんと落ちたのだという。
「ユヅルが平昌で2度目の金メダルを手にするのを目にしたときに、思いがけない感動がわいてきたんです。実を言うとソチオリンピックでは、まだそれほど経験のない新人に負けてしまったという忸怩たる思いをなかなか拭い去ることができなかった。でもユヅルがソチから見せた成長ぶりと、彼の歩んできたオリンピック2連覇への道のりを目にしたとき、この素晴らしい物語の中に自分も参加できたことを誇りに思いました。ソチオリンピックの結果はなるべくしてなったのだ、と自分を納得させることができた。これほどの選手だったのだから、自分が負けたのは仕方のないことだったのだということを、ユヅルが平昌で証明してくれたのです」