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パトリック・チャン「ユヅルが新しい世代を築いたのです」 元世界王者が“羽生結弦への敗北”を納得できるようになるまで《独占告白》
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2022/02/10 06:01
2014年ソチ五輪で熱く抱き合うパトリック・チャンと羽生結弦。羽生が金、チャンが銀メダルに輝いた
羽生の成長にチャンが感じていた“本音”
チャンは2011年から2013年まで世界選手権を3連覇し、当時の「絶対王者」だった。だがその「絶対」に危機が迫っていることを、自覚していたという。
「ユヅルは新しい世代のスケーターの先駆者で、すごい技術を持っている。実を言うとこんなに早く彼のような選手が出現すると予想しておらず、心の準備もしていなかった。2013年カナダ世界選手権でタイトルは手にしたものの、下から追い上げられてきているのをひしひしと感じた。本当はトップにいる選手は後ろではなく前を見なくてはいけないのに、ぼくは差が詰まってきていることに気をとられてしまったんです」
初めてチャンが羽生に敗れたのは、2012年GPファイナル。高橋大輔が優勝、羽生2位、チャンが不調で3位に終わった。だがより衝撃的だったのは、ソチオリンピックの2カ月前に福岡で開催された2013年GPファイナルで、羽生が初優勝、チャンが2位に終わったときだったという。
「確実に、潮の流れが変わってきたのだと感じた」
「ユヅルと一騎打ち、と初めて意識したのがあの福岡のGPファイナルでした。あの試合のフリーで覚えているのは、体力的にものすごく疲労して、最後まで滑りきるのが精一杯だったこと。それがぼくの自信をうち砕き、オリンピックに向けての勢いを失ってしまったと感じた。今振り返ると、試合に向けての調整がうまくいっていなかったのでしょう」
本人はそう言うものの、この日チャンのフリーは2度の4回転を成功させほぼノーミスだった。一方羽生は、4回転サルコウで転倒したが、後半で2度のトリプルアクセルコンビネーションをきれいに降りて挽回。チャンはミスのあったSPの点差を補えず、フリー、総合とも2位に終わった。
「それまでぼくは、2位と20ポイントくらいの点差をつけて勝つことに慣れていました。でも福岡で2位に終わったとき、もうその貯金は自分にはないのだということを実感して、ちょっとショックだった。確実に、潮の流れが変わってきたのだと感じました」