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「この人しかいない」りくりゅう誕生の瞬間…三浦璃来と木原龍一はそう感じ合った「ようやく花開いた」「神様がご褒美を」2人と関係者が語った舞台裏

posted2026/02/19 11:01

 
「この人しかいない」りくりゅう誕生の瞬間…三浦璃来と木原龍一はそう感じ合った「ようやく花開いた」「神様がご褒美を」2人と関係者が語った舞台裏<Number Web> photograph by Koki Nagahama - International Skating Union/Getty Images

2019年NHK杯、ペア結成間もない時期の「りくりゅう」。ここから金メダル獲得への軌跡を、着実に歩んでいった

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山田智子

山田智子Tomoko Yamada

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Koki Nagahama - International Skating Union/Getty Images

五輪フィギュア史に残る劇的な逆転で金メダルを獲得した三浦璃来・木原龍一ペア。「りくりゅう」が誕生した、運命の瞬間とは。2人が語っていた言葉とともに、その光景を目の当たりにした関係者に、秘話を聞いた。〈NumberWebノンフィクション/全2回〉

「ペア教室」でジュニア選手を地道に育成

 20歳時にペアに転向した木原龍一は高橋成美、須崎海羽とペアを組んで2度の五輪出場を果たした。しかし平昌五輪後、しばらく次のパートナーが決まらず、キャリアの分岐点を迎えていた。

 一方で、日本スケート連盟(JSF)は五輪代表の強化をする傍ら、次世代のペアの育成にも取り組んでいた。2015年度には、ペアの技術指導を行う「ペア教室」を2ヶ月ごとに合計6回、当時フィギュアスケート競技別強化拠点(NTC)に指定されていた愛知県豊田の中京大学アイスアリーナで開催した。翌年以降から「ペアセミナー」と名前を変え、2019年まで年に3、4回のペースで継続されている。

 愛知県東海市出身の木原を長年にわたって見守り続けた、愛知県スケート連盟の久野千嘉子フィギュア委員長は、当時をこう振り返る。

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「2014年の全日本に出場したペアは高橋・木原組のみ。仮に怪我で出場できなくなった場合、代わって出場できるペアがいなかった。次のペアを育てるのは急務でした」

「もともと遊園地が好きで、投げられたり…」

 ペア教室には、シングルからペアへの転向を考えるジュニア選手が集まっていた。そこにいたのが、木原にとって未来のパートナーとなる三浦璃来だった。

 三浦がペアのトライアウトがあるのを知ったのは、小学校4年生の時。身長が低かったこともあり、コーチから「行ってみたら」と勧められて、参加してみることにした。三浦本人も、ペアへの適性についてこう語っていたことがある。

【次ページ】 ペア誕生は、偶然か慧眼か

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