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中田vs.名波の大雨、ドイツW杯決勝。
セリエAダイジェストの神髄とドラマ。
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byAFLO
posted2020/07/20 07:05
“欧州日本人対決”の先駆けとなったペルージャ中田vs.ヴェネチア名波の対決。フジテレビでの中継を凝視したファンも多いだろう。
初の日本人対決でまさかの事態。
番組復活2年目となる'99-00シーズンには、名波浩が日本人3人目のセリエAプレーヤーとしてベネツィアに加入し、'99年10月23日には初の日本人対決が実現する。
この試合は『セリエAダイジェスト』が伝えただけでなく、試合中継も行われ、実況を青嶋が担当した。ところが、注目の一戦は思わぬアクシデントに見舞われて……。青嶋が苦笑する。
「開始直前から大雨で、水しぶきで映像がよく見えないわ、途中で映像が切れちゃうわで、大変だったんです。レナト・クーリは盆地にあるので、中継車の電源がどうのこうの、ってあとから聞いたんですが。あれは痺れましたねえ」
'98-99シーズンに再開した『セリエAダイジェスト』は5年目の'02-03シーズンに突入。その間、中田はペルージャ、ローマ、パルマと渡り歩き、'02年夏には中村俊輔もセリエAに参戦した。
エンディングはドイツW杯決勝だった。
だが、番組自体は役割を終えつつあった。
小野伸二がオランダに、稲本潤一がイングランドに、高原直泰がドイツに渡ったこと、'02年に日韓W杯を開催したことで、多くのサッカーファンがセリエA以外のリーグに興味を持つようになったからだ。こうして『セリエAダイジェスト』は'03年、『FOOTBALL CX』へと発展解消する形で2度目のエンディングを迎えた。
「でもね、僕の中での『セリエAダイジェスト』のエンディングは、'06年ドイツW杯の決勝なんですよ」と村社が言う。