欧州サッカーPRESSBACK NUMBER
マンU“トレブル”の現場で見たもの。
カンプノウの奇跡、伝説の3分間。
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph byAFLO
posted2020/05/26 07:00
トレブル、カンプノウの奇跡、または悲劇……。この試合を彩る言葉の数々が、その高揚を物語っている。
シェリンガムが、スールシャールが。
ベッカムの左CKをシュマイケルが競るが、空中戦の競り合いはシュートに結びつかなかった。ボールは逆サイドへ流れるが、バイエルンの選手のクリアはミスとなる。
ゴール前に残ったボールを、ギグスが利き足ではない右足でシュートする。ジャストミートできなかった一撃が、最高のラストパスになった。オフサイドラインぎりぎりで待ち構えるテディ・シェリンガムが、右足でコースを変えてネットを揺らしたのだ。
席に残っていたイングランドの記者たちが、いきなり立ち上がって絶叫した。僕はカバンからノートを引っ張り出し、得点経過を急いでメモする。
試合は再び動き出し、マンチェスター・Uがまた左CKを得る。ここから先はスローモーションのようであり、ボールの軌道がつながっているようにも感じられた。ベッカムの蹴ったボールをシェリンガムがヘディングし、オーレ・グンナー・スールシャールが右足でプッシュする――。
わずか3分で試合の価値は激変した。
マンチェスター・U、2。
バイエルン、1。
ピッチ上で爆発する赤の歓喜は、僕の周りにも広がった。悪態をつくのに疲れていたイングランドの記者たちは、机をバンバンと叩いて、血液が止まるぐらいに拳を握りしめて、ぶつかり合いのように抱き合って、細長い記者席を走り回っていた。
このドラマティックな勝利によって、マンチェスター・ユナイテッドは'67-'68シーズン以来となるヨーロッパの頂点に立った。国内リーグとFAカップと合わせて、シーズン3冠を達成した。
後半ロスタイムに突入するまでは、いかにもカップ戦のファイナルらしい展開だった。バイエルンが1-0でリードしたまま終了していたら、この試合は人々の記憶に刻まれなかったかもしれない。
それが、わずか3分で試合の価値は激変した。結末を引き立たせるための時間はあまり長く、それだけに、余韻を残す一戦と言えるかもしれない。