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ドラフトは人生が変わる場所。
王子→広島→王子、川口盛外の場合。 

text by

安倍昌彦

安倍昌彦Masahiko Abe

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photograph byHideki Sugiyama

posted2019/07/12 18:20

ドラフトは人生が変わる場所。王子→広島→王子、川口盛外の場合。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

プロ野球のスカウトは、人の一生を変える仕事である。広島の松本有史スカウトの周りにも、濃密な人生が渦巻いている。

「僕のプライドはどうなるんですか!」

 思い出すのは、取材の時だ。

 たしかに一級品の「クセ球」ではあったが、基本のスピード、捕球の衝撃から伝わるボールの破壊力からは、確かに藤田監督が感じていた「だいじょうぶかな」という思いもよくわかった。

 早稲田出てるんだし、頭もいいんだし、しっかりしてるし、「王子」なんだから、社会人で一流の投手になって、指導者にもなって、そうすれば仕事のほうだって、まじめに働いてれば部長とかに……。

 そんな余計な「お節介アドバイス」を伝えたら、

「僕は確かに準硬式出身ですけど、ずっと本気でプロを目指して頑張ってきて、その僕のプライドはどうなるんですか!」

 と逆に叱られてしまって、かえって川口投手の“気迫”に感服して帰ったことを覚えている。

 カープ退団の段階で、藤田監督が本社と掛け合ってまで「王子」に呼び戻したというから、「川口盛外」に対する会社の評価がうかがい知れる。

 今回の取材が終わって、会社の正門まで、川口マネージャーが送ってくださった。

「自分、意外と世話焼きみたいなんで」

 せっかく社員に戻ったんだから、今度は「社長」狙って頑張らなくちゃ。

 またしても、無責任なエールを送ってしまったら、

「無理です……ぜんぜん無理です」

 控えめな受け答えは以前のままだったが、

「でもマネージャーって仕事、自分に合ってるように思います。自分、意外と世話焼きみたいなんで」

 自分の「今」をありのままに表現できる「川口盛外」に戻っていた。

 左利きの川口君がもし右利きで、キャッチャーなんかやっていたら、結構な「世話女房」になったんじゃないかな。

 無理です、無理ですと言いながら、結構20年か30年経ったら、ほんとに「王子」のトップに立っていたりして。

 本気になった時の、彼の気迫と馬力はわかっているつもりだ。

 そんなこと考えながら、帰りのタクシーにいつまでも手を振ってくれる川口君。

「社長になれよ!」

 心の中から、思わず熱いエールを送っていた。

Number982号『カープに学べ』では、松本スカウトがカープに招き入れた菊池涼介、野間峻祥らがもちろん登場します。入団前の懐かしい写真も必見です。
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