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熊野で再会した創志学園・西純矢。
投球術と変わらぬ野球小僧っぷり。

posted2018/12/03 08:00

 
熊野で再会した創志学園・西純矢。投球術と変わらぬ野球小僧っぷり。<Number Web> photograph by Kyodo News

甲子園にも強烈な爪あとを残した創志学園・西純也。来年が早くも楽しみだ。

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安倍昌彦

安倍昌彦Masahiko Abe

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Kyodo News

 今年も秋の“熊野”に行ってきた。

 毎年11月最終の土曜、日曜、三重県の熊野市を中心としたいくつかの球場、高校グラウンドを会場にして、各地から集まった高校チームが練習試合を行って、夏の新チーム結成から磨いてきた腕を競うのだ。

 この秋、遠路熊野にやって来たチームは、北から、羽黒高(山形)、健大高崎(群馬)、昌平(埼玉)、関東一(東京)、長野日大(長野)、大府高(愛知)、市立岐阜商(岐阜)、敦賀気比(福井)、三田松聖(兵庫)、近大新宮(和歌山)、創志学園(岡山)。

 甲子園常連校もいくつも参加して、これに、地元・三重のいなべ総合高、近大高専、紀南高、木本高が加わって、総勢15校が秋の熊野の澄んだ大気と抜けるような青空のもと、2日間熱戦を繰り広げた。

高校野球の本質すら垣間見えた。

 私が、1年の野球の現場の締めくくりとして熊野に伺うようになってから今年で10年。この催しが始まってからは15年になるという。

 もともと交通が不便でこれといった産業もなく、年々地元に“元気”がなくなっていくのを「なんとかしよーよ!」と立ち上がったのが、地元・熊野で生まれ育った地元企業の2代目、3代目さんたち。

 その多くが、やはり地元の木本(きのもと)高校野球部のOBたちだったから、まず「野球」で地元を元気にできないか……と編み出したアイディアがこの催しだった。

 怖いもの知らずの「実行委員会」の面々が、名古屋、大阪の有名校をはじめ、遠く関東にまで足をのばし、横浜高、東海大相模と参加協力の依頼活動を行ったが、大方は、「門前払い」だったという。

 わかる、わかる……。私が続けてきた「流しのブルペンキャッチャー」も雑誌『野球小僧』の連載ではじめた頃は、十中八九「お断り」だった。

 初めてのことは、いつも“奇妙”に見えるものだ。

 そこから頑張ったのがすごい。今では、参加希望校が列を作っているほどの盛況である。

 すばらしい催しだと思う。参加しているチームの指導者の方たちの明るい表情、そして何より、選手たちの目の輝きが、それを証明している。

 同行の保護者会のみなさんにしても、公式戦の時のようなひきつったみたいなテンパりモードもなく、メガホン振り回して声を合わせた応援もない。ゆっくりとじっくりと観戦できて、すごくリラックスした感じ。

“応援”とは、見守ることと見つけたり。

 なにか、高校野球の本質のようなものすら垣間見えるようだ。

【次ページ】 甲子園を沸かせた剛腕が登場。

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西純矢
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