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野球クロスロードBACK NUMBER
「末代までの恥」発言で話題に…14年ぶり甲子園にカムバックの“やくざ監督”を変えた「あるキッカケ」 現代は「正面切って突っ張る子がいない。でも…」
posted2025/08/25 11:07
2010年のセンバツでは21世紀枠の代表校に敗れ「末代までの恥」と話し、大炎上した島根・開星高の野々村直通監督。今大会は14年ぶりの甲子園だった
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph by
JIJI PRESS
どっち?
野々村直通から問われた瞬間、クエスチョンマークが浮かんだ。そのことを察したのか、こちらが求める回答をすぐ口にする。
「やくざ監督ね」
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恥ずかしながら、野々村の著書はてっきり『やくざ監督と呼ばれて~山陰のピカソ・野々村直通一代記』だけだと思っていたが、他にも教育論を綴る作品があった。
そうはいっても、やはり処女作のインパクトは強烈そのものである。
「60で定年退職したあとに出したんだけど、また監督に復帰するなら『元気印の監督』とかにしたんだろうね。でも『もう、関係ねぇや』ってあのタイトルにして。今回、また甲子園に帰ってきてこれをまた使われるとまずいなって思うんだけど、いい話題として『あいつがまた帰ってきた』って取り上げてくれれば嬉しいことです」
14年ぶりに甲子園復帰の「やくざ監督」
やくざ監督、甲子園に帰る。
自身にとって実に14年ぶり、チームとしては8年ぶりの夏。野々村が率いる開星は、宮崎商との初戦でタイブレークの延長10回にサヨナラで勝利し、初陣を飾った。
「だんだん!」
開口一番、出雲弁で感謝を表す。続けて「ありがとうございます」と翻訳して結ぶところに、野々村の実直さがにじみ出る。
試合のあった8月6日の第2試合の時点で、甲子園球場のある西宮市の気温は35度を超えていた。じっとしているだけでも体力を削ぎ落される猛暑のなか、2時間45分もの激戦を指揮した。73歳。寄る年波を感じてもなお、野々村の声量は若々しい。
「できるだけ涼しいところにはいたんだけど、こんな試合をしてくれたら忘れますね。緊張感のある場面ではメガホン持って『わー!』って叫んでね。『子供たちと一緒になって戦いたい』という気持ちが出ましたね」
14年ぶりに勝利監督インタビューのお立ち台に立った名伯楽を、大勢の記者が囲む。
「僕はね、これまで3勝しかしていなかったですから、甲子園で。自慢しますけど」
野々村が報道陣の笑いを誘う。今と昔への感慨は、湯水のごとくあふれ出てくる。
「まさかこのユニフォームを着て、またこの景色を見られるとは思っていなかったし、勝てるとも思わなかったし。14年前とは違いますよね。『60で退職するまでは前のめりに倒れて死んだろう』って思ってやってきて。『俺についてこい!』のような昭和の野球ですよ。それが、今では『頑張って俺を甲子園に連れて行ってくれ』となってね。子供たちには本当に感謝です」


