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小林快、世界陸上銅と箱根への葛藤。
「競歩転向、100%良かったとは」 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

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photograph byRei Itaya

posted2018/03/19 07:00

小林快、世界陸上銅と箱根への葛藤。「競歩転向、100%良かったとは」<Number Web> photograph by Rei Itaya

箱根駅伝を夢見た男が、五輪の競歩者となる。小林快の歩むアスリート人生は非常に興味深い。

持久力が問われる50km競歩で勝負する。

 幸運だったのは、企業説明会に出席した後の'14年3月16日に行われた日本学生20km競歩大会で優勝した現場に、岡田の応援のためビックカメラの関係者が来ていたことだ。

 レース中から見知らぬ男性が「小林、頑張れ!」と応援してくれていたが、優勝した小林に駆け寄ってくると、「ウチに来て頑張って欲しい!」と声を掛けてきた。差し出された名刺を見ると人事部長で、彼は陸上競技部長を兼任していた。

 こうして'15年4月にビックカメラに入社した小林は、20km競歩でリオデジャネイロ・オリンピック出場を目指したがかなわず、50kmに転向した。

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「もともとリオまでは20kmと決め、その後は50kmにチャレンジするつもりでした。このふたつは種目として特性が違います。20kmはダッシュをし続けるような感じ。50kmはスピードも必要ですが、持久力がより問われます」

ロンドン世界陸上で自己ベストの3位。

 そして'17年8月、ロンドンで行われた世界陸上。その最終日、晴天に恵まれたバッキンガム宮殿の周回という贅沢なコースで行われた50km競歩に出場した小林は、3時間41分19秒の自己ベストをマークし、ディニズ(フランス)、荒井広宙(自衛隊体育学校)に次ぎ3位に入った。

「ロンドンは本当に楽しかったですね。殆どの人が競歩を現場で観戦する習慣がないわけですが、今までのレースであれほどまでに応援をいただいた記憶はありません。しかも、天気にも恵まれ、世界的な観光名所を歩くことが出来たんです。

 ただ、表彰式で最初にメダルをもらってうれしかったんですが、優勝したディニズが表彰され、フランス国歌が流れるとみんなが一緒に歌っていたんです。ああ、東京オリンピックでは日の丸が流れて、それをみんなで歌えたらと思ったんです」

 東京オリンピックまでおよそ2年半。目指すものはひとつだ。小林は自分が遂げるだろう成長を固く信じている。

「強くなります。負けないと思います。自分を取り巻く環境、応援してくださる方々、すべて自分の糧になっていると信じてますから。正直、世界陸上で勝ったディニズは異次元のスピードを見せてました。あの背中を追っていかなくてはならないと思っています」

【次ページ】 転向して100%良かったとは言えない。

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