マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
人生を自力で変えた男、SB甲斐拓也。
スカウトが「こいつに賭けてみたい」。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2017/07/04 11:30
体格に恵まれた者が集うプロ野球の世界で、170cmの甲斐拓也は一際小さい。しかしその存在感は、日に日に大きくなっている。
育成上がりのひるみ、遠慮した感じがない。
凛としたたたずまい。そんな表現も、頭をよぎった。
2010年ドラフトの育成6位。
それも、もちろん知っていた。
“育成上がり”のひるんだような感じ、ちょっと人に遠慮したような退いた感じがまるでなかった。
逆にむしろ、“たたき上げ”の矜持。
汚れたユニフォーム姿の周辺にじわっと滲ませていたのは、瀬戸際の場所で鍛え上げてきたヤツの気品。
間違いなく腹式呼吸から発せられる爆声が、心身の逞しさを決定的なものにしていた。
担当スカウトが伝えた「人生、変えてみろ!」。
「強肩、強肩っていわれてますけど、高校時代(大分・楊志館高)は、地肩はそこまで強くなかったんですよ。その代わり、捕球から送球のボディーバランスがよかったので、捕って投げるスピードがべらぼうに速かった。1.7秒台なんて、プロだってそうはいませんから」
ソフトバンクの地元・九州を担当する福山龍太郎スカウトは、福岡・東筑高から法政大に進んだサウスポーだった。
ダイエーに入団して現役生活は4年間。まだ40代になったばっかりなのに、スカウト生活はすでに15年目。すでにして、ベテランである。
「168cmの高校生のキャッチャー。スカウトが魅力を感じづらい背格好。ホームランも40本ぐらい打ってましたけど、手でタイミングをとって金属バットにドンとぶつけるような打ち方。大学や社会人からも、なかなか声がかからなくて、どうせオレなんて……みたいな心境になってた時期もあったと思います」
高校時代の甲斐拓也の3年間を、ずっと見つめ続けてきた。福山スカウトには、彼の確かな魅力が伝わってきていた。
「野性味がありました。プレーがエネルギッシュで、小さいのにバイタリティがあった。それに、抜群のスローイングスピード。『人生、変えてみろ!』って言いました。『お前が変わろうとするんなら、オレも勝負する!』。こいつなら、賭けてみたい。そう思わせる“何か”がありました」