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ゾーンに入ると、乾貴士は微笑む。
伝説の“セクシーフットボール”再び。 

text by

安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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photograph byAsami Enomoto

posted2017/06/12 14:30

ゾーンに入ると、乾貴士は微笑む。伝説の“セクシーフットボール”再び。<Number Web> photograph by Asami Enomoto

香川真司が欠場するイラク戦では代わりに10番を背負うことになった乾。「華麗かつ結果を出す」プレーができるか?

長友「あいつは本当に上手い」

 話はシリア戦に戻る。

 冒頭で述べたように、この試合でもコツコツと磨き上げた自身の舞を惜しげも無く披露した乾。

 投入早々にFW本田圭佑のパスを左サイドで受けると、ファーストタッチで食いついてきた2枚のDFを一瞬で置き去りにし、裏へ抜け出したDF長友佑都へ糸を引くようなスルーパスを送っていた。

 挨拶代わりの1プレーで会場をどよめかすと、77分には本田の右からのサイドチェンジを、左サイド奥深くで、左足に吸い付くような超絶トラップで収めてみせた。

 寄せてきたDFとゴールラインの僅かなスペースでキレキレのドリブル突破を仕掛け、そのままシュート。これは外れてしまったが、「妖艶な舞」ともいえる乾らしい華麗なプレーであった。

 87分にもDFの股を抜く絶妙なスルーパスをFW岡崎慎司に送り込んで、また異なる趣を披露した乾。いずれもゴールにこそならなかったが、終始、乾の表情からは笑みがこぼれていた。

 彼が僅か32分間で見せた3度の舞は、いずれも観客を魅了し、「あいつは本当に上手い」(長友)とチームメイトまでも驚嘆させたのだ。

「なんでもかんでも“セクシー”と言われるのは……」

 乾貴士は、今でも“セクシーフットボール”の申し子だった。

 だが、この称号を本人はそれほど好んではいない。その理由は、高校選手権優勝を機に、野洲のスタイルが驚くほど広がりを見せてしまって、以降、プロになっても事あるごとに「セクシーフットボールの乾」と言われるようになってしまったからだという。

 マリノス時代の乾の言葉が印象に残っている。

「“セクシーフットボール”と名付けてくださって、それは凄く感謝しているんです。でも今では(筆者が)付けてくれた意味とは違って、なんでもかんでも“セクシー”と言われてしまうんですよ。俺は俺のプレーをしているだけで、セクシーどうこうではないのに……」

 筆者も自分の周囲でそのことを感じていたので、あの高校選手権以降は原稿に一切使ってこなかった。

 しかし、今の彼のプレーは真の意味で――ルート・フリットが目指した意味での“セクシー”と称するに相応しい世界レベルのものになっていると思う。

 29歳となり、積み重ねた経験と磨き上げた技術と類まれなインテリジェンスが生み出すその「舞」は、まさに本当の意味での“セクシーフットボール”を体現していると思うのだ。

【次ページ】 乾はずっと「舞」ができる選手であり続けられるか?

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