スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
カンプノウに響いたビジャの雄叫びと、
“バルセロナのFW”という宿命。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byTomoki Momozono
posted2013/03/19 10:30
2戦合計で逆転となるゴールを決めた後、ビジャはカンプノウの空に向けて吠えた。
3月12日、ミランをホームに迎えたチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦のセカンドレグ。誰もが待ち望んだそのゴールが生まれたのは、55分のことだった。
ハビエル・マスチェラーノが矢のような出足でインターセプトしたボールが、アンドレス・イニエスタを経て、シャビ・エルナンデスの元へ渡る。シャビのラストパスがミランの左サイドバック、ケビン・コンスタンが懸命にのばした足先を抜けて、ペナルティーエリア内の右側で待つ背番号7へ通った直後、狙いすました左足シュートがゴール左隅に吸い込まれた。
カンプノウの上空にこの日3度目となる怒号に近い歓声が響き渡る中、ダビド・ビジャは今にも泣きだしそうな表情で言葉にならない雄叫びを上げながら、両手をいっぱいに広げて猛然と走り出す。
両膝でピッチにスライディングし、駆け寄ったチームメートに手荒い祝福を受けた後も溢れだす感情は止まらない。両眼を閉じ、天に向かっていっぱいに口を広げた彼は、まるでこの2年間に溜めこんできた全ての苦悩を吐き出すかのように、もう一度力いっぱいに吠えた。
2年前のCL制覇以降、苦悩のトンネルに入り込んでいた。
ビジャは前にも一度ピッチ上で同様の表情を見せたことがある。
2011年5月、マンチェスター・ユナイテッドとのチャンピオンズリーグ決勝。2-1で迎えた69分、ペナルティーエリア手前からゴール右上へ、自身初のCL制覇を決めるダメ押しの3点目を流し込んだ直後にも、彼は同じく天に向かって雄叫びを上げながら、両膝でウェンブリーのピッチに2本の痕跡を残した。
あのゴールから1年9カ月、ビジャはキャリアで最も苦しい時を過ごしてきた。
昨季は先発機会の減少に加えてリオネル・メッシとの不仲疑惑まで騒がれる中、クラブワールドカップ準決勝のアルサッド戦で左すねの脛骨とひ骨を骨折。結果として昨年6月のEURO2012を棒に振ることになった。
8カ月の沈黙を経て迎えた今季はレアル・ソシエダとの開幕戦で復帰を果たし、途中出場の9分後に自らの復帰を祝うゴールを決めた。2人の娘と妻の写真、そして「君達なしでは不可能だった」とつづったインナーシャツのメッセージを披露したこの夜、長らく続いた苦悩の日々は終わりを迎えたものと思われた。