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巨人監督人事“最大のナゾ”「じつは過去に監督オファー」実現しなかった“2人の名前”…阿部慎之助辞任で崩れた「条件は生え抜きのエースか4番」説を追う 

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岡野誠

岡野誠Makoto Okano

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posted2026/05/30 06:50

巨人監督人事“最大のナゾ”「じつは過去に監督オファー」実現しなかった“2人の名前”…阿部慎之助辞任で崩れた「条件は生え抜きのエースか4番」説を追う<Number Web> photograph by JIJI PRESS

巨人監督監督の謎を追う…。写真は松井秀喜と原辰徳(2015年撮影)

〈顔見知りの親しい担当記者に、「なぜ、広岡氏に監督要請したことが広まったんだ」と聞いた。広報が記者に球団の機密事項を教えてもらうなど、大変にみっともないことだが、事実を知りたかった。

「広岡さんが自分で喋ったんですよ。王監督にも電話を入れたようですし、二、三の関係者に連絡したようです。それが広まったんです」〉(1992年2月発行『巨人軍の最高機密[第Ⅰ部]』リム出版)

 フロントの2人は「もし王監督が辞める場合、監督を引き受ける気はあるのか」という確認をしただけで、正式な要請だったわけではない。ただ、ヤクルト、西武で日本一3回の名将を監督候補に考えていたのは間違いない。広岡はオールスター6回出場の生え抜きショートだったが、4番打者ではなかった。

もう一人…あの名将にもオファー

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 その後、王貞治監督に代わって、昭和30年代のエースである藤田元司が再登板。4年間でリーグ優勝2回、日本一1回の成績を残し、93年から長嶋茂雄にバトンタッチした。ミスターは就任2年目に西武を倒して日本一に輝き、4年目には最大11.5ゲーム差を逆転する「メークドラマ」でセ・リーグ制覇。だが、2年連続V逸が確実になった98年秋、監督交代問題が囁かれる。

 この時、巨人は西武を9年間で8回の優勝に導いた森祗晶に触手を伸ばす。一般紙や読売系列のスポーツ報知でさえ、大々的に報道した。

〈巨人新監督に森祇晶氏濃厚、長嶋茂雄氏退任へ〉(1998年9月7日付/毎日新聞夕刊)

〈長嶋監督の退任濃厚 後任に森祇晶氏が浮上〉(1998年9月8日付/朝日新聞)

〈巨人・長嶋茂雄監督 10日に勇退表明へ 後任は森祇晶に要請?〉(1998年9月9日付/スポーツ報知)

【次ページ】 打診の事実を認めていた…

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