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「阿部慎之助スキャンダル」で急遽就任…初の“外様指揮官”橋上秀樹監督代行って何者? 元スカウトが語っていた“意外な記憶”「オッと思ったのは…」
posted2026/05/29 17:00
阿部慎之助前監督の退任で急遽、監督代行の座に就くことになった橋上秀樹氏。巨人在籍経験のない「外様」指揮官は史上初
text by

安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
Kiichi Matsumoto
まさに、青天のへきれきだったろう。
1週間前には、間違いなく思ってもみなかった「巨人軍監督代行」の地位に就くことになった橋上秀樹オフェンスチーフコーチ。
プロ野球で20年以上の指導者経験を重ねてきたバリバリの「野球人」のわりに、その経歴はそこまで知られていない。
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東京・安田学園高からヤクルトスワローズに入団した1983年当時、球団スカウトを務めていた片岡宏雄氏が、橋上選手について語った記録と記憶が、わずかながら残っている。
20年ほど前、片岡氏が語っていた橋上選手とその周辺を今、書き起こしてみる。
「池山(隆寛・現ヤクルト監督)の年(1983年)は、正直、ドラフトも勝負の年やったからな。そこまでの7、8年やったかなぁ、もう誰獲ってもアカン、アカンの連続や。社会人で、せいぜい、梶間(健一・投手、1976年2位・日本鋼管)に、尾花(高夫・投手、77年4位・新日鉄堺)ぐらいやろ、戦力になったんわ。
高校生なんてもう、みんな全滅やで……。上位で獲ったって、永川(英植・投手、74年1位)アカン、杉村(繁・三塁手、75年1位)アカン、サッシー(酒井圭一・投手、76年1位)までアカン。渋井(敬一・遊撃手、77年2位)ぐらいとちゃうかなぁ、高校生でなんとかなったんわ」
ヤクルトの名物スカウトが見た「選手・橋上」は?
ヤクルトスワローズで長くスカウトとして活躍された片岡さん(2021年逝去)は、こんなふうな話し方をされる方だった。
立教大の名捕手だった時に、1年上に長嶋茂雄三塁手がおられ、そんなご縁が立教大・長嶋一茂選手をドラフト1位指名した時に話題になったり、著作を出されたり、スカウトを引退するまで持ち味の大阪言葉で思うところをありのままにはっきりおっしゃる方だった。

