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Jリーグ鹿島を辞めた「伝説のスカウト」柳沢敦、興梠慎三、大迫勇也、上田綺世…天才ストライカー獲得の裏で、じつは「人生終了」を覚悟した夜があった
posted2026/04/10 11:01
今年1月に鹿島アントラーズを退職した椎本邦一さん
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安藤隆人Takahito Ando
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Takahito Ando
昨季、J1リーグを9年ぶりに制した鹿島アントラーズ。クラブ創設以来、21個目のタイトルを獲得した。
その裏で、常勝軍団の「影の立役者」と言える名スカウトがチームを去った。
椎本邦一、67歳。前身の住友金属サッカー部でプレーし、30歳で現役を引退。住金のコーチを経て、その後3年間は鹿島ユースの立ち上げに参画。1995年からクラブのスカウトに就任した。
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鹿島一筋31年、発掘してきた選手は数知れず。FW柳沢敦、MF中田浩二、小笠原満男、本山雅志、DF岩政大樹、FW興梠慎三、DF内田篤人、FW大迫勇也、MF柴崎岳、DF昌子源、植田直通、FW上田綺世、GK早川友基など、のちの日本代表選手の獲得に大きく貢献した人物だ。
「戦える選手」を探してきた
退職から2カ月が経った2026年3月、休息の時を過ごす椎本のもとを訪ねた。穏やかな表情と朗らかな人柄は変わらないが、スカウトとしての矜持を問うと鋭い眼光が放たれる。
「選手を見る上で大事にしていることは『戦える』こと。チームのために戦う。ゴールを奪うために、守るために戦う。そして、最低限の技術に加えて、明確なストロングポイントがあるか。ここは必ず見ていたね」
これらは椎本に限らず、スカウトとして当然 必要とされる資質だろう。だが、そこに生まれる“差”は何か。椎本はすぐに「責任」と口にした。
「俺の決断がクラブの将来を左右すると言ってもいい。その責任をどれだけ背負えるか。だから『ま、いっか』で獲得してきた選手では絶対にダメなんだ。そんな思いでは選手の未来もクラブの未来も不幸にする。もちろん、すべてが成功するわけではないけど、獲得する時点で『未来』を想像できなかったら獲れない。ただ面白い選手という評価だけでは、無責任だと思っている」
責任感のベースとなるのは、鹿島というクラブのシンボルでもある神様・ジーコの言葉だという。
「ジーコが発した『献身(TRABALHO)・誠実(LEALDADE)・尊重(RESPEITO)』の3つの言葉。これを鹿島がプロ化した後に初めて聞いた時、全身に震えが走ったね。仲間のためにとは思っていたけど、あの神様が言ったというのもあって、本当に心に響いたんだよ」
アカデミーからトップに至るまで浸透するジーコスピリットを胸に刻み、駆け抜けた31年間。現場で他クラブのスカウトと群れることを嫌ったのは責任を背負う覚悟があったからだろう。功績とともに、そんな流儀が「伝説のスカウト」という異名にもつながった。
そんな椎本にも、新人スカウト時代には苦い記憶がある。

