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なぜ柿谷曜一朗はJ2徳島に移籍したのか「名古屋には申し訳ないんやけど…」 笑顔で「めちゃ楽しい」と語る“33歳の新たな挑戦”
posted2023/02/01 11:03
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph by
Takuya Sugiyama
1月6日に発表された柿谷曜一朗のJ2・徳島ヴォルティスへの移籍は、サッカー界隈で驚きをもって迎えられた。
噂すら立つことなく、リリースされるまで情報がまったく漏れなかったからだ。まさに電撃移籍と言っていいだろう。
それもそのはず、本人にとっても今回のオファーは寝耳に水で、急転直下の移籍だった。
足首、騙し騙しやれてもいたけど
「話が来たのが年末で。もう12月30日から1月2日くらいの間でまとまった感じやったから」
セレッソ大阪から名古屋グランパスに移籍したのが2021年シーズンのこと。加入1年目には古巣との決勝戦を制してルヴァンカップ優勝に貢献。2年目の昨季は古傷である左足首を手術したためにシーズン途中での離脱を余儀なくされ、今オフは捲土重来を期していた。
「足首は名古屋に来る前から痛くて、いつオペしてもおかしくない状態で。プレーできんこともないし、騙し騙しやれてもいたけど、言い訳にしてる自分もおって。どこか思い切ってできん悔しさや葛藤がずっとあったから、手術するしかないなって。それであかんかったら言い訳もなく、自分の中ですっきりするかなと思って。痛みがなくなればできる自信もあったから」
手術し、リハビリを行い、2023年を迎えようとする段階では、引き続き名古屋でプレーする考えだったという。
「もちろん、名古屋にもっと貢献せんとあかんと思っていたし。それに、プライベートの話をすれば、上の娘が幼稚園の年少で、めっちゃ幼稚園を楽しがっていたから、3年間通わせてあげたいなと。それには名古屋でもっと活躍せなあかんなって」
名古屋には本当に申し訳ないんやけど……
ところが、年末に届いたオファーが、柿谷の心を揺り動かした。
他のクラブからのオファーだったら、ここまで心が動くことはなかったはずだ。
しかし、声をかけてくれたのは、柿谷にとって思い入れのある徳島である。13年前、「プロサッカー選手として死にかけていた俺を救ってくれた」クラブである。
気持ちは一気に移籍へと傾いていった。
「もう一度、柿谷曜一朗のプレーを見せたい。それにはどこでプレーするのが一番いいのか。どこでプレーするのが一番燃えるのか、自分の人生で何が面白いと思えるのか。そう思ったとき、徳島以外なかった。徳島に戻るなら、まだ力になれる体があるうちに、という思いもあったし。名古屋には本当に申し訳ないんやけど……」
しかし、だからといってキャリアの最後を飾るクラブとして徳島を選んだわけではない。あくまで復活の場として選んだのだ。13年前にこの地で生まれ変わり、這い上がっていったように――。