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運動生理学を修士課程で学んでプロトレイルランナーに。宮﨑喜美乃はデータとシューズを駆使して世界のトップを目指す

posted2026/04/30 11:00

 
運動生理学を修士課程で学んでプロトレイルランナーに。宮﨑喜美乃はデータとシューズを駆使して世界のトップを目指す<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

text by

礒村真介

礒村真介Shinsuke Isomura

PROFILE

photograph by

Takuya Sugiyama

日本ではまだ数の少ない女性プロトレイルランナーで、主に100マイル(約160km)カテゴリーで活躍する宮﨑喜美乃さん。気さくで飾らない人柄には老若男女問わずファンが多い。運動生理学の修士号を取得しており、女性アスリートならではの問題に生理学的にアプローチし、自らの経験を通じた知識を市民ランナーにも啓蒙している。HOKAアスリートとして本気で世界一を目指している彼女のこれまでの歩みとこの先目指すものについて、話を聞いた。

運動生理学の修士が、ウルトラトレイルに出会った

 宮﨑喜美乃さんは、一度、走ることを辞めている。

 2022年にアジア最大級の100マイル(約160km)レースであるフジ100にて、日本人女性として初優勝を達成。近年は国際的なウルトラトレイルのサーキット、by UTMBシリーズへと挑戦し、2023年にイストリア100 by UTMB(クロアチア)で、2025年にタラウェラウルトラトレイル by UTMB(ニュージーランド)で、それぞれ優勝を飾っている。

 名実ともに、日本人女性として、ウルトラトレイルの世界の頂に最も近いトレイルランナーだ。

 にもかかわらず……。

「小さいころ兄姉の影響で走ることが好きになり、高校、大学と駅伝部に所属して全国駅伝を走りました。でも思うような結果は残せず、陸上選手として区切りをつけました」

 ではトレイルランニングの世界へと華麗に転身……かというと、そうではない。

「引退後は大学院に進学して“登山の運動生理学”を専攻したんです。研究を通じて山に通うことになり、まずは山の魅力にハマりました」

 ランニングと登山とは、それぞれ別々に、特に繋がりはなく始めた。やがてその2つを、運動生理学というアカデミックな要素がブリッジすることになる。

 トレイルランニングに出会ったのだ。

「社会人になって1、2年目だったでしょうか。数合わせのためにと知り合いに誘われて、トレイルランニングの大会に出場しました。友だち作りに繋がるかなと、ほんの軽い気持ちで。

 まるで点と点とが繋がるようでした。

 学生時代は走ることが好きだから走っていたけど、うまく行きませんでした。トレイルランニングでは、GPSウォッチなどで心拍数や速度といったデータを計測し、ログを残すことが一般的なんですよね。だから、数値を通じて自分を知ることが出来るんです。それがもう、面白くて」

 森の中で耳や頬で風を感じながら走ることは、たまらなく気持ちが良かった。と同時に、身につけた運動生理学の知識を自分の身体で実践できるダイナミズムにものめり込んだ。

「アンニュイトレーニング」でさらなる高みへ

「誤解を恐れずに言えば、データとて万能ではありません」

 経験とスタミナがモノをいう100マイルレースは、ベテランが強いカテゴリーと言われているものの、世界のトップに目を向ければ20代が台頭してきている。30代後半に差し掛かった宮﨑さんは、ここ2、3年が勝負だと考えている。

「アスリートとして、女性として、ライフステージが変わったなという感覚があります。食事や睡眠といったリカバリーの重要性もより自覚させられるようになって、それこそ運動生理学の出番が増えます。

 でも、データに踊らされてはダメなんですよね。データはコーチやアドバイザーといった第三者と話すためのモノなんです。数値を通じて感覚を言語化して、悩みを解決するツールの一つとして使います」

 データを取ると迷う材料も増えるので、難しい側面もあるけれど、それがまた面白い。今日のトレーニングはどういう狙いがあったのか。そこでどういうエラーが起きたのか。

 その一例として、現在取り組んでいるのは、宮﨑さんが「アンニュイトレーニング」と名付けたトレーニングだ。

「心拍数をシビアに管理して、高すぎず、低すぎず、5拍の範囲内に収めて、2~3時間ほど走ります。乳酸値でいうと1.5~2.5mmol/Lに収めます。これがめちゃくちゃ難しくって。私は高心拍で走れてしまうと言いますか、高出力で押せるところが強みなのですが、100マイルカテゴリーでより高いところを目指すには、低心拍域での巡航速度が世界トップに比べて足りないと感じています。低出力域でのスピードを底上げしたい、というのがアンニュイトレーニングの狙いです」

ウルトラトレイルではシューズ選びが勝負を分ける

 ウルトラトレイルではデータの活用が勝負を分けるだけでなく、ギア選び、シューズ選びが占めるファクターも小さくない。

「トレイルラン二ングのフィールドはバラエティに富んでいます。アップダウンが少なく、石や木の根といった障害物の少ない“走れるトレイル”もあれば、急峻で大きな岩がゴツゴツしている“山岳系のルート”もあります。それだけでなく、雨が降れば地面がぬかるんでスリッピーになったり」

 だからこそ、その時の環境に合わせた強みを発揮できるシューズを選び、履き分けることが肝要だ。その重要度はロードランの比ではない。

 さらに言うと、トレイルだけでなく自身のコンディションによっても選ぶシューズは変わってくる。

「数年前からHOKAと契約させていただきました。HOKAの強みの一つは、さまざまなバリエーションのトレイルランニングシューズが揃っているところ。

 先日参加した中国のレースでは、50kmカテゴリーに参加しましたが、“長距離向き”とされるクッショニングに秀でた『マファテ 5』で走りました。

 それはこのレースの位置づけが、必要以上には順位にこだわらず、夏のUTMBファイナルに向けたトレーニングの進捗確認と、コンディションを上げていくためのステップアップレースというものだったからです。

新しい『スピードゴート』は、オールマイティを形に

 取材時に履いていた『スピードゴート 7』も、頼れる武器になると感じている。

「一言で言うと、弱点のないオールラウンダーなシューズです。一世代前の6からトウボックスに余裕ができ、足に合うようになったと感じています。日本人にはより合いやすいのではないでしょうか。

 違いとしては、平坦が速く走れるようになったところ。6よりもミッドソールが弾む感覚があります。前足部がしっかり屈曲してくれて、蹴りだすときに反発が得られます。つま先側が軽く感じられるのもいいですね。疲れてきたときにスピードを補ってくれるはずです」

 クッション性が増し、アスリートだけでなく、一般のランナーにも履きこなしやすい方向に進化している、というわけだ。

「アウトソールのラグも今まで見たことのない形状で、ぬかるみの多い日本のトレイルでも安心だと思います。もちろんアスファルトや岩場でもストレスがありません。サーフェスの分からない初めてのトレイルや、空模様が怪しいときにはこのシューズを選ぶことになりそうです」

 その意味では、初心者が最初に選ぶ一足としても最適だろう。

「初めてHOKAを履いたときのことはよく覚えています。下りの安心感とスピードがまるで違いました。私はトレイルの下りが得意ではないので、山って走って駆け下りれるんだ、楽しい! と、そのとき初めて感じることができたんですよ。足も痛くならないので、自分が思っている以上に山を楽しませてくれる、大切な相棒です」

 データとシューズを駆使して、世界の頂点へ。宮﨑さんは、日本人女性トレイルランナーがまだ誰も通ったことのない道へと踏み出している。

スピードゴート 7

トレランレースでの圧倒的な着用率を誇るスピードゴートが大幅にアップグレード。ミッドソールはスーパークリティカルフォームEVAを採用。ラグパターンはグリップ性、推進力を高次元でバランスをとる方向に更に進化。アッパーはよりハードなレースに向けてゲイターを着用できるような形状に。23,100円(税込)

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