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「最後の最後まで怖かった」箱根駅伝で青学大5連覇阻止・東海大のウラ話…“王者の誤算”と“挑戦者の平常心”が導いた「紙一重の勝利」
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佐藤俊Shun Sato
photograph byJIJI PRESS
posted2026/01/21 11:05
95回箱根駅伝の9区を走る、東海大学の主将・湊谷春紀。東洋大、青学大には大きな差をつけ、余裕をもった走りができていたというが
夏合宿で故障して、十分に練習を積めなかった。その影響もあったのか、7区を走った全日本では、トップで襷を受けたが青学大の森田歩希に抜かれ、チームは2位に終わった。
「これはショックでした。ただ負けただけではなく、タイムも区間9位と悪くて。箱根ももう走れないだろうな、ってかなり落ち込みました。でも、帰りの車の中で両角先生に『(箱根では)一番長い区間はおまえと湯澤(舜)で考えているから』と言われたので、落ち込んでいる場合じゃない、と思い直したんです」
とはいえ寮に戻ってからも数日間は落ち込んでいた。主将としての走りを期待されていた自分の区間で逆転されて、優勝を逃したのだから無理もない。
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だが、全日本では背後に迫る青学大との差がわずか11秒しかなかったのに比べ、今の箱根では後続の東洋大と51秒の差で走り出せた。
「余裕を持って走り、最後の箱根を楽しむことができました」
差はつけていたが「正直、怖かった」
10区にはアンカーの郡司陽大が待っていた。
ここまで出雲駅伝5区3位、全日本6区2位と結果を残していたが、実は両角監督はアンカーで23kmを走る郡司を心配していたという。ただ、湊谷はそこまで不安を感じてはいなかった。夏合宿で郡司が湯澤と一緒に走り、強度の高い練習を怪我なくこなす姿を見ていたからだ。
湊谷が見た中ではこれまでで一番走れていた、という郡司に、「あとは自信をもって走ってもらえれば」と襷を託した。
郡司がスタートした時点で、2位の東洋大とは3分35秒差、3位青学大とは3分43秒の大差になっていた。しかし、中島が優勝を確信したのは、郡司が20kmを越えて、残り3kmほどになった時だった。
「そのぐらいになってようやく行けるかなって。でも、正直、怖かったです。優勝したことがない僕らからすると、最後の最後まで実感がないんですよ。これって大丈夫だよな? って感じで、どんどん不安が大きくなって。前回大会では3位で走っていて5番になったり、以前にも創価大が10区で3分差をひっくり返されたことがありましたから」
館澤も中島と同じく、前年アンカーで順位を落としたことを思い出し、何が起こるか分からない、と不安を感じていた。内心決まった、と思いながらも「ドキドキして待っていた」という。


