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原晋監督の金言「走りたくても走れない選手がいる」青学大OB・岡崎隼也に聞く“33年ぶり”箱根駅伝出場にかけた青春「人生でこんなに喜べる瞬間が…」
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小堀隆司Takashi Kohori
photograph byAFLO SPORT
posted2026/01/11 11:27
青山学院大学が33年ぶりに出場した2009年の箱根駅伝。努力の末に辿り着いた晴れ舞台は、当時のメンバーに何を残したのか?
わずか6秒差の歓喜「人生でこんなに喜べる瞬間が…」
そうして迎えた、秋の箱根駅伝予選会。岡崎さんは最上級生にして初めて予選会のメンバーに名を連ねた。この年は85回の記念大会であったため、予選会からの通過枠が増え、前年度に関東学連選抜チームが4位と躍進したこともあって、例年より3校多い13校が予選会から勝ち上がる仕組みになっていた。
舞台は立川市の昭和記念公園。20kmで争われるレースで、岡崎さんがとくに思い出深いのはこんなシーンだという。
「じつは15km付近で足が攣ってしまって、いったん立ち止まって屈伸をしたんです。まさかあれほどギリギリの通過争いになるとは思ってもいなかったので……」
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全選手が走り終え、結果発表を待つ間、青学大の選手が待機する空間は沈鬱な空気に包まれていた。10位までの発表が終わっても、まだ大学名が呼ばれない。そこからの3校は関東インカレポイントが加味されるため、獲得ポイントの少ない青学大は不利と思われていた。
岡崎さんはチーム内8番目でのゴール。一瞬、立ち止まったことへの後悔が募った……。
関東学連の幹事長による読み上げは続く。11位、国士舘大学。12位、順天堂大学。祈るような思いで耳を傾けていた岡崎さんたちに、最後の通過校が告げられる。
13位、青山学院大学。喜びが大歓声となって原っぱに響き渡った。次点の14位法政大学との差はわずかに6秒。岡崎さんが関東インカレで獲得した1ポイント(10秒)がなければ、逆転されていたほどの僅差だった。
あの時の嬉しさを思い出すと、今も自然と顔がほころぶ。
「人生でこんなに喜べる瞬間があるんだなって。当時の写真を持っているんですけど、みんなすごい笑顔なんです。この時は僕も、人目をはばからず嬉し涙を流しました」
冷静に振り返れば、記念大会で枠が3つも増えるなど、運もあった。だが、その運をギリギリで掴んだのは、紛れもない選手たちの努力があったからだ。

