箱根駅伝PRESSBACK NUMBER

青学大“史上初の箱根駅伝3連覇”殊勲のメンバーは「町役場の職員」に!? 転機は西日本豪雨災害…中学駅伝で「全国4位」の強豪チームを育てるまで

posted2026/01/06 11:02

 
青学大“史上初の箱根駅伝3連覇”殊勲のメンバーは「町役場の職員」に!? 転機は西日本豪雨災害…中学駅伝で「全国4位」の強豪チームを育てるまで<Number Web> photograph by NumberWeb

2017年の箱根駅伝で青学大の3連覇に貢献した貞永隆佑。中学の陸上部を指導する立場となり、現在では全国的にも強豪のチームを作り上げている

text by

別府響

別府響Hibiki Beppu

PROFILE

photograph by

NumberWeb

 青山学院大学による史上初となる「2度目の3連覇」達成で幕を閉じた102回目の箱根駅伝。実は今から9年前の2017年、同校初の箱根駅伝3連覇と史上4校目となる「大学駅伝3冠」を狙っていた青学大には、巨大な穴が開いていた。「神」が去った後の山を、誰が担うのか――。“三代目・山の神”こと神野大地が、前年に卒業。絶対王者の「唯一の懸念」と囁かれた5区・山上りを託された、無名の3年生の「その後」とは。《NumberWebノンフィクション全3回の3回目/最初から読む》

 青学大での4年間を終えた、2018年の春。貞永隆佑は、地元・広島県は熊野町へと戻ってきていた。

 最終学年こそコンディションが整わなかったとはいえ、あの青学大の優勝メンバーのひとりに名を連ねたのだ。トラックでの記録も決して悪いわけではない。実業団はもちろん、それ以外のどこかの企業に勤務しながら市民ランナーとして走るという道も当然、あった。

 だが、貞永は「卒業後に走るつもりは全然、なかったです」と振り返る。

ADVERTISEMENT

「やっぱり『平地では勝負できない』というのが大学時代に身に染みてわかりましたから。実業団だと上りとか下り、ないですしね」

 そんな風に苦笑しながら、こう続ける。

「僕の陸上人生はずっと人の縁に導いてもらってきていたんです。中学から世羅高に入るときも、中学の校長先生に『世羅が良いんじゃないか』と言われて入学した。青学大も高校の監督に薦めてもらったのが大きかった。そういう風に、言い方は悪いですけど流されてきたんですよね(笑)。結果的に全部うまくいったので、感謝はしているんです。でも、自分の意思で決めてきていない分、将来をどうするかとなった時に、そこまで競技へのこだわりがなかった」

大学後は地元・広島に戻ったが…まさかの事態が

 しかも4年間は「陸上漬け」だったこともあり、在学中は本腰を入れて就職活動をすることもなかった。結果的に「地元に戻って職探しでもするかなぁ」と、半ば軽い気持ちで故郷へと戻ってきたのだ。

 ところがそんな貞永に、まさかの事態が訪れる。

 地元に戻って3カ月後の2018年7月――西日本を豪雨災害が襲ったのだ。

【次ページ】 2019年から坂町役場の職員として勤務

1 2 3 4 NEXT
#青山学院大学
#貞永隆佑
#神野大地
#原晋
#田村和希
#下田裕太
#世羅高校

陸上の前後の記事

ページトップ