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「大学ベストって…どういう意味?」日大→実業団で日本代表も経験…“現役時代は水泳一筋”東大水泳部に就任の新コーチが耳にした「衝撃の一言」
text by

別府響Hibiki Beppu
photograph byKeiji Ishikawa
posted2025/11/25 11:02
日大時代は日本代表の経験もある押切雄大。2022年から東大水泳部のコーチを務めるが、非強豪校ということもあり当初は多くのカルチャーショックがあったという
押切が「あれだけ練習している」と言うように、当時から東大水泳部の練習量は決して少なくなかった。月曜から土曜まで7時から9時30分までの朝練に加えて、火・水・金曜日の午後3時から5時も練習時間で、オフは日曜日のみ。もちろん全員が全ての練習に参加するわけではないとはいえ、拘束時間自体は決して短くない。
しかも、押切の目から見れば部員たちの水泳に対するモチベーション自体は非常に高いように見えていた。
「最初は自分がいたような強豪大学の選手の方が競技へのやる気も高いんだろうなと思っていたんです。でも、全然違いました」
予想外だった「モチベーションの高さ」
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日大や実業団で泳いでいた頃の自分やチームメイトを振り返ると、誤解を恐れずに言えばどこか義務的に泳いでいた部分があった。日々のトレーニングは「やりたいもの」ではなく、「やらなければいけないもの」。自己ベストを出しても、嬉しさよりも安堵の気持ちの方が大きかった。
翻って東大水泳部の面々は、強制力があるわけでもないのに、週に何度もプールにやってきて、それなりにトレーニングをやっていく。しかも、スポーツにある種の優遇措置がある強豪私学と異なり、単位や研究面で容赦はないにもかかわらずである。
練習強度の差はともかくとして、日々努力する素養があり、何より泳ぐ楽しさや記録を伸ばす喜びが感じられた。そんな姿は押切の目から見れば、可能性に満ち溢れていた。
「極端に言えば、彼らは泳がなくてもいろんな評価をしてもらえるわけです。日本で一番入学するのが難しい大学で、研究や学問にも打ち込んでいる。でも、そういう中であえて体育会の部活で水泳をしに来ている。そのやる気は本当にレベルが高いと思いました」
部員が抱える高いモチベーションと、それにそぐわない妙な目標意識の低さ――。その不思議なギャップこそが、押切が直面した最初のカルチャーショックだった。
そこで、まずは彼らが見上げる「ガラスの天井」を壊す必要性を感じたという。
「みんなの練習に対する姿勢を見ていると、正しい方向でしっかり練習すれば、自然と結果はついてくると思うよ。むしろ、なんでベストが出ないと思うの?」
まずはことあるごとにそんな風に選手たちに語り続け、マインドセットを変えていくようにした。

